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 番組のロケから帰国して、実際に木版画の彫り師の仕事を見学したところ、高度な技術を発揮しながらも、自分が芸術家だという気負いもなくこなす職人の精神に打たれた。それからというもの、日本各地を職人を訪ねて回るようになる。すてきなものに出会い、つくり手に会いたいと思うと、まず電話をかけ、《そのうち行きます、ではなくて、近くまで来ているのですがご都合は?とたずねると意外に実現します》というのが山口流だ(『AERA English』2011年5月号)。

BS日テレで放送されたドキュメンタリー番組『山口智子 ゴッホへの旅 「私は、日本人の眼を持ちたい〜」』

2010年に新たなプロジェクトを始める

 職人たちと接することは、彼女を新たな挑戦に駆り立てた。かつてCM撮影で知り合ったアメリカ人ディレクターのギャリー・バッスンと組み、2010年にスタートさせた『LISTEN.』というプロジェクトがそれだ。これは世界各地の民族音楽を映像に記録してアーカイブ化するというもので、山口はその意図を《言い訳の効かない『形』の美で勝負する職人精神を学ぶうちに、私もエンターテインメント界に属する人間として、未来に誇れる職人仕事をしたいと思うようになりました。/そこで追いかけ始めたのが、世界の音楽文化です。音楽も『もの』と同じく、心から発せられた美しい音には、嘘や偽りがないものだから》と説明している(「OurAge」2024年9月17日配信)。

©時事通信社

兼高かおる賞を受賞

『LISTEN.』はBS朝日で年に数回放送されたが、《私はあくまでカメラの後ろから、ホンモノだけを映像に収める仕事に徹したかった》として、彼女は画面に映ることを極力避けた(山口智子『LISTEN.』生きのびるブックス、2022年)。その制作も、まず彼女とバッスンが現地へロケハンに行き、さまざまな人に会いながら、その土地の音楽を探してまわると、そのあとでいったん自分たちの国に帰って準備を整えた上、撮影に赴くという地道なものであった。

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 開始して10年が経ったころ、コロナ禍で新たな撮影ができなくなったこともあり、それまでの活動を本にまとめるとともに、集めた映像や録音をウェブを通じて発信することも始めた。こうした業績から、昨年には第2回兼高かおる賞が贈られている。山口は子供のころから、テレビの海外紀行番組の草分けである『兼高かおる世界の旅』が大好きだっただけに、この受賞は格別うれしかったことだろう。