たった1館の上映からスタートし、SNSなどの口コミを中心に人気に火がつき全国138館まで拡大している『侍タイムスリッパー』。“インディーズの時代劇”という異例の快進撃で、『カメラを止めるな』の再来とも呼ばれている。

 お金がかかる時代劇は、インディーズ映画にとってまさに“鬼門”。監督の安田淳一さんは脚本・撮影・編集など「1人11役」で制作費を圧縮したが、それでも映画が完成した時は口座の残高7000円だったというギリギリの制作だった。

 安田さんの“本業”は結婚式などのイベントムービーの作成だが、他にも油そば屋の経営や、昨年からは他界した父親の田んぼを受け継いだ米農家でもある。一体どんな生活をしながら映画を作ったのか。壮絶かつ愉快な制作秘話を聞いた。  

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安田淳一監督 ©文藝春秋 撮影・山元茂樹

貯金を崩し愛車も売って…それでも600万円足りなかった

――映画を撮りながらお米を作り他の仕事もされているというのがまったく想像できないのですが、安田監督はどんな風に生活されているんでしょう?

安田淳一監督(以下 安田) 基本的には京都でお米を作ったり映像の仕事をしていますよ。特に今は稲刈りの時期ですから、京都と東京を行ったり来たりです。

――それだけ多くの仕事をするのは大変ではないですか?

安田 映画監督でごはんは食べられないですからね。自主制作だから映画を撮るお金は自分で出すんですが、1作目『拳銃と目玉焼き』が700万円かけて赤字が500万円以上、2作目の『ごはん』はほとんど家の田んぼで撮影したので400万円でできたんですが、それでも各地で自主上映会をしてもらって3年かけてギリギリ黒字になったくらい。それじゃ生活できないですよね。

 

――3作目の『侍タイムスリッパ―』は制作費2600万円とインディーズ映画にしてはかなりお金がかかっていますよね。

安田 貯金を全部崩して、愛車のスポーツカーも売って。それでも600万ぐらい足りへんかったんですけど、文化庁の補助金「AFF(Art for the future!)」をとれるやろってことで見切り発車して、なんとか撮り切りました。全部の支払いが終わったときは口座残高7000円ぐらいでしたけどね(笑)。

 

「スーパーカーなんてとっとと売れ」

――本業があるとはいえ、車を売って口座の残高が7000円になるまで映画を作ることについて家族の反応はどうだったんですか?

安田 「自分の甲斐性でやってることやから」と、反対まではされませんでしたね。2作目の『ごはん』は米作りの映画だったので、生きていた親父は喜んでいました。撮影のためにトラック貸してくれたり、稲刈りのシーンを撮らせてもらったり。『侍タイムスリッパー』を作るときも「スーパーカーなんてとっとと売れ」とむしろ車を手放すように言われましたし。「うるさいペッタンコの車なんかに乗って」とか車の文句はよう言われたんですが、映画をやめろとは言われませんでしたね。

――『侍タイ』の完成とヒットをお父様に見せたかったですね。

安田 本当に……。京都で撮影をしていて主演の山口馬木也さんが実家で衣装の準備をしている時も「役者は男前やなあ」と楽しみにしてましたからね。