コウタの話からは家族団欒の様子がまったく浮かんでこなかった。
両親に気を使い、いい子でいなきゃ許されない状況は、安心できる居場所ではない。私の家も父の機嫌で空気が変わってしまう日があった。私たち子どもに暴力を振るうことはなかったが、重くピリピリした空気が流れる家は居心地が悪かった。
父の機嫌が悪いのは、私の責任だったのだろうか。コウタの両親が「いい子じゃないから」と子どもを殴ることは許されることなのだろうか。
環境を選択することができない子どもは、その現状を受け入れるしかない。こうやって自分を犠牲にしている子どもたちは社会にどれくらいいるのだろう。
「家にいると怖い。違うところで笑っていたい」
中学生になり、友達の多いコウタは学校生活を楽しんでいた。放課後は部活動に参加するなど、まわりから見れば何の問題もない普通の子どもだった。ただ自分が親に殴られていること以外は、だ。
コウタはその事実を、誰にも言っていなかった。
私は、コウタの言っていた「他人から見ればすごいいい家族なんだろうなって、でも僕から見ると……そうじゃない」の意味がやっとわかってきた。
部活に入っていれば、家に帰る時間が遅くなる理由ができる。中学生のコウタにできる最大限の言い訳だ。部活が休みの日は、親に嘘をついて友達の家で過ごしていた。
「17時に部活終わって、学校から家まで30分ぐらいだから、友達の家から自宅までを計算して、いつも通りの時間に家に帰ればバレないと思って」
ある日、友達の家に寄ってから帰宅すると、母親が待ち構えていた。部活に行っているという嘘がバレていた。友達を巻き込むわけにいかない。コウタは嘘をつき通した。
子どもの頃は、親より友達の方が大事だと思う時期もある。嘘をついて友達と過ごすこともある。でも、コウタの場合は少し違う。
コウタが嘘をつくのは、自分を守るためだった。
「家にいても落ち着かないっていうか、なんか怖いっていうか。違うところにいて笑っていた方がいいから」
「私は家に帰りたくないってことがなかったのね。だからそのときって、どういう気持ちだったのかなって。本当は家に帰りたいけど、帰っても怖いとかつらい思いとかするから帰りたくなかった? それとも遊んでいる方に魅力があったの?」
「帰りたくないっていうか、帰れない、かな……」
帰れない、か。頭の中でその言葉を考えていた。私が黙っていると、コウタが自分の発した言葉に重ねるようにつぶやいた。
「帰りたいという気持ちもあるけど、べつに家にいても何か楽しいことあるわけじゃないし、なんで俺だけこんな思いを、という気持ちもあって。でもよくわかんない気持ちで……」