「ここにいたい。殴られないし、危険もない」
それに比べると、少年院には規則はあるが、犯罪の生活よりよっぽど清潔な毎日が送れる。ご飯も出てくるし、安心して寝られる。外の社会になかったものが全部ここにある。しかし……。
「それでも、早く帰りたいって思うことない?」
「ないです」
「時期が来たら帰らなければいけないじゃない。一生いられるわけじゃないからさ。出院を考えなくちゃいけない時期だし」
「ここにいたいです」
コウタは考える間もなく答えた。
私の驚いている顔を見て、コウタはつづけて言った。
「ここにいたい。ここにいれば、相談できる大人もいるし、殴られないし、危険も感じない。自分のことに集中できるから」
「社会が怖すぎます」
耳を疑ってしまった。たしかにここ数年、少年院で出会った少年たちから、少年院に来てよかったということを聞く。いわく、社会ではこんなに自分のことを考えてくれる大人はいなかった。初めて信じられる大人に出会った——。
しかし、それでも自由である社会に早く帰りたいのが本心であって、私は、ここに残りたいというコウタの言葉に驚きを隠せなかった。
「ここは安全で、自分を認めてくれる場所でもあるからってこと?」
「そうです。絶対的に居場所があるから。社会が怖すぎます」
「それが帰りたくない理由か。それでもさ、出院して彼女や心配してくれた友達たちとの生活とか想像することないの?」
コウタは首を横に振り、暗い表情になった。
「できないです。自分のいい未来が想像できなくて。再犯してしまう未来ばっかり考えてしまう」
でも……と、コウタが何かを言いかけた。
「思っていることがあったら何でも言っていいんだよ。ここで話したことは『調査』にならないから」
調査と聞いて、コウタは笑った。
調査とは中で規律違反をしたときなどにくわしく調べられることで、警察の取り調べのようなものだ。少年院では外の社会での生活状況や自分が捕まった内容などを話すことは規律違反で、破れば調査対象になる。
調査にならないと聞いてホッとしたのと、その言葉の意味を知っている私も同じ側の人間だということに、思わず笑みがこぼれたようだ。