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「起業なんか、せんかったらよかったな」

ある晩、瀬川が弱音を吐いた。

宮本は、瀬川からそういう言葉を聞きたくなかった。

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「あのまま会社員やってたら、3年先、5年先の想像がつくやんか。でも、今は1週間先の想像もつかへん。そっちのほうが、人生面白いやんか。きっといつか、あん時の苦労のおかげでいまがあるんやって思える日がくるで」

在庫分析システムで倒産の危機から脱出

さて、これは在庫を抱える企業のほとんどが経験することなのだろうが、先述の通り、べびちゅは売れているのに在庫が増えていくという事態に見舞われていた。

資金繰りが急激に悪化してきたため、瀬川はセールを行うことを決意するのだが、在庫の山の中の、いったいどの商品が「あぶない」商品なのかがわからなかったという。いったいどうすれば、危険在庫をあぶり出すことができるのか? 瀬川は在庫の数量ではなく、いわば在庫の「質」を分析するシステムを編み出すことに血道をあげることになった。

大学時代、実験グループをクビになり、たったひとりで天然ガスの熱力学特性を研究するためにAIと統計を学んだことが、ここへきて役立つことになった。

「当時僕が作ったシステムの機能は3つあって、まずは、在庫を『売れ筋』と『死に筋』と『中間』に分類します。中間というのは、売れ筋ではないけれど、販促を強化すれば売れる商品のことです。2つ目の機能は、発注数を教えてくれる機能。いつ、どれだけ発注すればいいのか、判断のベースになる数字をシステムが教えてくれます。3つ目の機能は、客単価を上げるためにはどの商品とどの商品を一緒に売ればいいかを教えてくれる機能です」

瀬川がこのシステムを開発したことによって、べびちゅは数百万円分の危険在庫をセールで処分することに成功して、倒産の危機を脱出する。しかし、システムの恩恵を最もたくさん受け取ったのは、おそらく宮本であった。

「これはいけるで」妻の新たな野望

「在庫の分析システムができるまでは、すべて仕入れ担当の私の勘と経験で発注をしていました。でも、システムができてからはベースになる数字を出してくれるので、ちょっと多いと思えば減らせばいいし、少ないと思えば増やせばいい。何よりもありがたかったのは、私じゃなくても発注作業ができるようになったことです。バイトの社員にもやってもらえる。システムのおかげで、私の仕事の量は半分ぐらいに減りました」