吉田も稲垣も胸を撫で下ろした。それもつかの間、落胆させる報告が届いた。1号機の爆発によって、あとわずかというところまできていた電源復旧作業が潰えたという知らせだった。徹夜で敷設したケーブルと電源車が激しい爆風に見舞われ、ケーブルが大きく損傷し、電源復旧は当面ままならないと思わざるを得なかった。爆発によって潰えたのは、消防注水も同じだった。
消防車は、激しい爆風に巻きこまれ、ホースもどうなっているかわからない。
全力を挙げて取り組んできた電源復旧の試みがあと一歩のところで潰え、頼みの綱だった消防車による注水も中断。復旧に繫がる細い糸がぷつりと断ち切られたようだった。
電源復旧が見込めない中で再び消防注水の準備
吉田は、格納容器が壊れたのではないかと恐れていた。大量の放射性物質が漏れ出ているのではないか。しかし、思ったほど放射線量は上昇していない。
「建屋の内部はどうなっているのか」
爆発から21分後の午後3時57分だった。
中央制御室に残った運転員から免震棟に一報が入る。
「原子炉水位、確認できました」
原子炉は壊れていない。格納容器の圧力にも大きな変化はないという報告が入ってきた。どうやら格納容器は健全のようだった。緊迫した免震棟の空気がほんのわずかだが緩んだ気がした。
「こうなると」と吉田は考え始めていた。消防注水の現場を確認するため、現場に人を派遣せざるを得ない。何せ水を入れに行かないとどうしようもない。部下の安全確保は本当に悩ましいが、作業をしないと次のステップにいけない。この折り合いの中で吉田は煩悶していた。今は、なんといっても消防注水を再開させるかどうかだった。吉田は、格納容器が健全ということは、建屋の上部が一気に爆発したが、可燃する源はもうなくなっている可能性が高いと判断していた。
午後4時15分。吉田は、免震棟の消防隊と消防車の運転を委託している南明興産の社員を消防注水の現場に向かわせる判断を下した。
免震棟には、消防車を運転できる東京電力の社員はいなかった。南明興産に頼むしかなかったが、再三にわたって危険な現場に出向いてもらっている。免震棟の幹部が土下座をする思いで、社長に頼み込んで、なんとか了解を得られた。