来たる八月十九日、拙著新刊『鬼才 五社英雄の生涯』が文春新書より発売になる。
これはタイトルの通り、五社監督の波乱に富んだ生涯を追った評伝で、彼の撮影現場の秘話が満載になった一冊だ。そこで、今回からしばらくは、五社作品を追いかけていく。
五社の作品には、若手時代から一貫して「五社の刻印」とも言うべき場面がほぼ必ず登場する。それは、女性同士による激しい乱闘である。
感情をむき出しにした女たちが、見栄えや品などを忘れて互いに全身をぶつけながら壮絶な肉弾戦を展開する。これは五社の性癖としか思えないもので、時には物語の主筋と関係ない流れの中で唐突に展開されることすらあった。
今回取り上げる『陽暉楼』には、特に壮絶な一戦がある。
本作は、大正初期の高知にある料亭・陽暉楼を舞台に女たちの激しい相克が描かれ、その中で乱闘場面が出てくる。
物語終盤での女将(倍賞美津子)とその座を狙う芸妓(佳那晃子)の決闘も強烈な印象を残すものではあったが、さらに圧巻の場面があるのだ。
ヒロインの芸妓・桃若(池上季実子)に対して、その父(緒形拳)の愛人で遊郭に身を売った珠子(浅野温子)は激しい嫉妬を燃やし、ことあるごとに喰ってかかっていた。
そして、物語中盤にその感情は頂点に達する。
ダンスホールで鉢合わせになった桃若と珠子は小競り合いをする。その後で桃若はトイレで化粧を直すのだが、そこに珠子が現れ、「なにが陽暉楼や! デカイ顔すな!」と桃若の背中を蹴飛ばす。これが、戦いのゴングとなった。
蹴りの衝撃で桃若の日本髪の鬘(かつら)が吹っ飛ぶ。すると、今度は桃若も鬼気迫る勢いで珠子に襲いかかり、張り倒す。崩れる珠子。そして、両者はここから猛烈なぶつかり合いを展開していった。互いに振り乱した髪をつかみ、ビンタを張り、地面に転がってくんずほぐれつ、言葉にならない絶叫を喚き散らしながら……。
ここで五社が見事なのは、最初の蹴りで洗面台の蛇口を破壊させていることだ。そのため水道管から物凄い勢いで辺りに水がまき散らされ、ずぶ濡れの乱闘に。髪も顔も着物もグチャグチャになりながらの戦いとなることで形(なり)振り構わなさが強調され、感情の激しさが映像としてより強く伝わってきた。同時に、「女らしさ」は完全に取り払われ、剥き出しになった闘争本能だけが映し出されることに。
そんな、心を露わにした二人の姿が、実にエロティックに思えた。体だけではない。心がヌードになった女性もまた、美しい……。そんな五社の下世話なフェティシズムが、少し理解できたような気がした。