1961年作品(第五部90分、第六部90分)
松竹
各3300円(税抜)
レンタルあり

 小林正樹監督は徹底してリアルさにこだわった。一切の妥協を許さない演出姿勢は、役者たちにも容赦なく、時には命がけの撮影を強いることがあった。その結果、彼についた仇名は「鬼の小林」。

 もちろん『人間の條件』シリーズにおいても、その「鬼」っぷりは遺憾なく発揮されている。そして、最も大変な目に遭ったのは、主人公の梶を演じた仲代達矢だった。足がつかない程に深い泥沼で荷物を背負ったまま格闘させられたり、穴ぐらに飛び込んだらその直後に頭上を戦車が通過したり……文字通り「命がけ」の撮影だったという。仲代は仲代で「監督の要求に応えることこそ、役者の本分」という矜持があるため、こうした困難な撮影にも決して厭うことなく臨んでいったのだった。

 今回取り上げる第五部・六部では、さらにとてつもない撮影が行われることになる。

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 本シリーズを通しての特徴として、時を経るにしたがって梶を取り巻く状況が過酷になっていくことが挙げられる。一、二部では満州の鉱山の労務管理、三部では基地で古参兵たちと対立、四部ではついにソ連との戦闘が始まる。そして、この第五部で日本は敗戦。梶たちはソ連軍の敗残兵狩りの中を必死に逃げ、最終の第六部ではソ連に投降、捕虜収容所に抑留させられる。梶が正義と理想を信じ、理不尽と戦えば戦うほど、その状況は悪化していくのだ。

 同時に、梶が過酷になるほど、仲代も同様の目に遭うことに。梶の悲劇を生々しく表現するべく、「鬼の小林」の要求は最終盤、頂点に達した。

 梶は全てに絶望し収容所を脱走、遠くに暮らす妻(新珠三千代)の幻影を追って原野を彷徨う。この時の仲代の顔が凄まじい。頬は今にも餓死しそうなほど痩せこけ、そのことでさらに浮き彫りとなった仲代の大きな瞳が虚ろに輝く――。飲まず食わずで彷徨する梶の絶望が、その表情だけで十分に理解できた。

 実はこの場面の撮影に臨むにあたり、小林は仲代を一週間の間、食事をとらせず、寝かさず、酒だけ飲ませて一気に六キロ痩せさせていた。あの仲代の顔はメイクではない。梶と同じ状況に追い込むことで、飢餓と疲労で忘我していく梶の姿をそのままにスクリーンに映し出してのけたのだ。それだけに、画面から放たれてくる生々しい迫力は尋常でなく、完全なフィクションであるにもかかわらず、まるでドキュメントのような現実感をもって絶望が伝わってくる。

「鬼の監督」と「命知らずの役者」――この奇跡的な組み合わせが織り成す「命がけの映像」に見入っているうちに、全六部・九時間超はアッという間に過ぎていった。