1ページ目から読む
3/3ページ目

 もう一つ、生粋のブラックタイプの事例を紹介する。

「我々の業界では労働基準法は適用されていない」

 Bさんは、人材派遣業を行う会社の正社員だった。残業代については多額の未払いが発生していたが、在職中はBさんもあまり気にしていなかった。Bさんは担当業務があまりに多忙を極めたほか、雇用時の労働条件と実際の労働条件が大きく異なってきたことから退職を決意した。

 ところが、問題はここからだった。

ADVERTISEMENT

 Bさんは退職届を社長に提出したが、社長の対応は退職を認めないというものだった。

 え? ここで、働き続けないといけないの? Bさんは戸惑い、やむを得ず、弁護士に相談することにした。その後も、会社はBさんの退職を認めず、Bさんが出社しなくなってからも社会保険を存続させ、離職票を作成しないという行動に及んだ。

 Bさんは離職票と退職時証明書(労基法22条1項)を交付するよう求めたが、社長は様々な理由をつけてこれを拒否していた。Bさんは、離職票が交付されなかったことで、転職予定先の内定を取り消されるという事態にも陥ってしまった。なお、この内定取消にも法的には問題があるが、紙幅の関係上触れない。

 労働者には職業選択の自由(憲法22条1項)があり、退職も原則として自由である。ただし、一定の手続的な制約はある。例えば、期間の定めのない労働契約(いわゆる正社員)の場合、原則として退職日の2週間前までに予告しておく必要がある(民法627条)。なお、就業規則に、民法と異なる規定がある場合には注意が必要なので、一旦弁護士に相談することをお勧めする。

 労働契約というのは、雇い主が労働者から労務を提供してもらい、それに対して賃金を支払うという関係であって、それ以上でもそれ以下でもない。労働契約がある以上は退職も許さずに会社に縛り付けておいてよい、という関係では断じてないのである。

 この事例では、未払残業代や退職妨害についての損害賠償等を求めて労働審判を申し立て、Bさんが勝利することになったが、労働審判のなかで社長が言った言葉が、ブラック企業あるあるの言葉として印象的だった。

「我々の業界ではどこも労働基準法は適用されていない。わが社のような中小企業に労働基準法が適用されたら、わが社はつぶれてしまいますよ」

 それでもいいんですか、と言わんばかりの口調で、社長の信念が感じられる勢いであった。

 その言葉が出たとき、私は思った。……この件、勝ったな。