コンプライアンス意識が広がりつつある日本社会にあってなお、いまだ「ブラック」な対応を続ける企業はなくならない。労働被害の撲滅に取り組む弁護士たちが対峙する、世にも恐ろしい現実とは……。
ここでは、ブラック企業被害対策弁護団の著書『ブラック企業戦記 トンデモ経営者・上司との争い方と解決法』(角川新書)の一部を抜粋(本記事執筆:小野山静)。結婚報告の翌月に解雇通知を受けた30代女性のエピソードを紹介する。(全4回の1回目/続きを読む)
◆◆◆
至近距離で暴走する社長たち
我々弁護士がブラック企業の社長と対峙する機会として、労働審判がある。
「裁判」という単語はよく聞かれるが、「労働審判」という単語は耳慣れないかもしれない。労働審判とは、個々の労働者と会社との間に生じた労働関係に関する紛争を、裁判所において、原則として3回以内の期日で、迅速、適正かつ実効的に解決することを目的として設けられた制度で、2006年4月より始まった。
一般的に、労働審判では、裁判官1名を含む3名の労働審判員、労働審判の申立人である労働者本人とその弁護士、労働審判の相手方である会社の関係者と会社の弁護士、これらの人物でひとつの大きな机を囲んで座る。
要するに何が言いたいかと言うと、それぞれの距離が近いのである。お互いに2~3メートルくらいしか離れていない。そのような状況で、ブラック企業の社長たちが暴走する姿を何度か見てきた。距離が近い分、それはそれはなかなかの迫力であった。
今回は、労働審判で目の当たりにしたブラック企業の社長たちの中でも特に印象に残っている社長を紹介しよう。
その会社は、30代の女性労働者が会社に結婚の報告をしたところ、翌月に解雇してきた。女性労働者はそのとき妊娠していたわけではないが、その会社はそれまでにも結婚直後の女性労働者の解雇を繰り返していて、近いうちに妊娠・出産の可能性が高いことを考慮したものなのは明らかであり、マタニティ・ハラスメントすれすれの解雇といえた。
しかし、さすがに会社も、妊娠・出産の可能性があるという理由では解雇できないというのはわかっていたのか、女性労働者には解雇の理由をリストラとだけ説明してきた。
もっとも、リストラだって簡単にできるものではない。
リストラとは、一般的に会社の経営上の理由による解雇を意味するが、そのような解雇を我々は「整理解雇」と呼んでいる。
整理解雇は、従業員には落ち度がないのに、経営状態という会社の都合で解雇するものなので、より厳しく判断されることになっており、具体的には、
1 会社の経営を続けるためには解雇もやむを得ないか(人員削減の必要性)
2 解雇を避けるために会社として経費の削減などの手を尽くしたか(解雇回避努力)
3 解雇をする人の人選には納得できる理由があるか(人選の合理性)
4 整理解雇をする前に労働者や労働組合に十分な説明などをしたか(手続の妥当性)
これらの4つの条件を満たしている必要がある。
女性労働者は理不尽な解雇に納得できず、労働審判を申し立てた。