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 いねと睦雄には血縁関係はなかったことはすでに述べた。そして、その事実を睦雄はすでに知っていた。

 いねは睦雄にとっての育ての祖母であり、恩義は感じていた。だが、その一方でいねは睦雄にとって自分を縛りつけ、自由を奪い、自分の人生をめちゃくちゃにした存在でもあった……そんな一種の恨みを睦雄は抱いていた。

 睦雄は自分の存在を消滅させるしかなかった。ただ、黙って消えたくはなかった。何の苦労もなくのうのうと生きている恵まれた人間たちに、自分を捨て、蔑んだ人間たちに復讐し、道連れにするしかなかった。

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 睦雄一家に残されていた現金は、わずか66銭だった。

 睦雄は精神的にも、金銭的にも追い詰められていた。

睦雄はなぜいねを斧で殺したのか

 深くどす黒い葛藤を胸に、睦雄はコタツで眠るいねの首めがけて思い切り斧を振り下ろした。

 鈍い衝撃が睦雄の手に伝わってきた。だが、いねの首はまだ胴体から離れていなかった。

 睦雄は渾身の力を込めて何度も何度も、無我夢中で斧を振り下ろした。

 いねの首が胴体からちぎれ飛んだ。

 首は50センチほど飛んで、障子戸の際まで弾け転がった。

 どす黒い液体が心臓の鼓動に合わせて脈を打つように、いねの首からあふれ出てきた。

 首がちぎれる直前、いねは枕を覆っていた布の端に必死で嚙み付いていた。そのせいもあって、いねの首は遠くまで飛ばなかった。

 睦雄は育ての祖母・いねという、心の絆しをついに断ち切った。

荒坂峠の睦雄が自決した場所付近からの眺め(2014年撮影) ©石川清

 睦雄はいねに対して“恐怖”を抱いていた。

 首を切断するという殺害方法を選ぶ理由は、相手が絶対に生き返ってこないように、確実に殺すためだ。加害者が被害者に対して“恐怖心”を抱いている証拠だとされる。

 首を絞めて窒息させたり、刃物で身体を刺したり、口径の小さい銃で相手を撃っても、確実に死ぬとは限らない。

 睦雄は3月にいねの毒殺を謀ったものの、気づかれてしまい未遂に終わっている。そのことがきっかけとなって、警察の家宅捜索を受けたことで、睦雄の計画が水泡に帰した経緯があった。