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初めての新宿2丁目は苦い経験

――同性愛者であることを自覚したんですね。

エスムラルダ それが大学1年のとき。当時“新宿2丁目”の存在は橋本治の小説や雑誌の記事で知ってたんだけど、行く勇気がなくて……でも、周りに自分と同じような人がいるとも思えず、人生で一番、悶々とする日々を過ごしていました。

 それで大学2年の初夏、5月の終わりの土曜日に「このままじゃ埒が明かない!」と思って、ついに夜の新宿2丁目に向かったんです。20歳になっていました。

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 その日、家の最寄駅から京王線で新宿に向かってると、だんだん行く手に雲が立ちこめてきて、新宿に着いたらもう土砂降りの雷雨。新宿御苑前駅の出口で雨宿りをして、雨が止むのを待ってから2丁目に向かったんです。雨上がりで気温が高くて街中にもやがかかって、幻想的で。

 そんな中、生まれて初めて、たくさんのゲイの人たちが歩いているのを見て、ワクワクしました。でも、どこのお店に入っていいのかわからなかったので様子を見ていたら、あるお店にたくさん若い人が入って行ったので、私も続いて入ってみたんです。

 店の中はMTVが流れてて、おしゃれなゲイの人たちがいっぱい。しばらくぼーっとMTV見てたんだけど「これじゃ何も変わらない!」と思い、1人でいるお兄さんに「今日初めて来たんですけど、話し相手になってもらえますか?」って話しかけたら「いいですよ」って言ってくれて。

 で、しばらく2人で話していたんだけど、そのうち仲間がドヤドヤって入ってきたら、そのお兄さんが「聞いて! この子、今日初めてなんだってェ~」って、急にオネエ言葉になってビックリ! そのうえ、そのグループに自分の豊富な性体験を赤裸々に話す人がいたものだから「こんな汚れた世界には馴染めない!」と大ショックを受けて……結局、終電で帰りながら、また孤独感にさいなまれることになっちゃった。

 

――初めての新宿2丁目はインパクトが強すぎたんですね。

書籍『ゲイ・リポート』との出会いで動き出した人生

エスムラルダ それから2か月ほど後、書店でたまたま『ゲイ・リポート』って本を見つけたの。「アカー」(旧・動くゲイとレズビアンの会)というグループが出した本で、会員の人のライフヒストリーが載っていたり、「同性愛は決して異常なことではない」ということが書かれていたりする、すごく真面目な本。それを読んで「自分と同じような人がこんなにいるんだ!」って元気付けられた。

 実はその1年前、大学1年のときに、「府中青年の家裁判(※)」がらみで、アカーの人たちが法律の授業のゲストスピーカーで来たことがあったんです。だからアカーというグループには馴染みがありました。もっともそのときは、「自分もゲイです」って言う勇気はなかったけれど。

1990年、アカーが東京都の公共施設「府中青年の家」を合宿で利用した際、同性愛者の団体であることを理由に他の団体から嫌がらせを受けたうえ、施設側から今後の使用を拒まれたため、1991年に東京都を提訴した事件。1994年に1審、1997年に2審でそれぞれアカーが勝訴した。

――社会的に戦っている最中の団体だったんですね。