独自の路線で注目を集め、活動30年を超えたドラァグクイーンのエスムラルダさん(52)。一橋大学出身と高学歴で、多ジャンルにわたるライターという顔をもち、商業ミュージカルも手掛ける脚本家でもある。さらに2018年にはドラァグクイーン・ディーヴァ・ユニット「八方不美人」のメンバーとして歌手デビューを飾り、現在も華麗な活躍が続いている。
そんな多才なエスムラルダさんに3回にわたってお話をうかがった。第2回は、驚きのカミングアウトエピソード、そしてドラァグクイーンとして活動しながら、会社員からフリーライターに転身し、さらにミュージカル界と密接に繋がって「八方不美人」結成へと展開したお話。(全3回の2回目/続きを読む)
平日は会社員として働きながら“週末ドラァグクイーン”
――大学は何学部でしたか。
エスムラルダ 社会学部です。最初は「学歴社会」をテーマに研究していたんだけど乗り切れなくて。当時、自分にとってやっぱり一番熱いテーマだったのがセクシャリティだったので、3年の終わりに先生に「実は自分もゲイで……」と話して、テーマを「『同性愛者』と社会」に変えました。
――大学を卒業後、就職はスムーズだったのでしょうか?
エスムラルダ 就職氷河期の第一期だったので、大変でした。いい機会だからいろんな業種を見ておこうとも思ったこともあって、OB訪問は50社くらいしたかな。マスコミ関係も受けたんだけど狭き門で。ちょうどその頃、ゲイのカラオケパーティーでたまたま印刷会社の人と知り合い、仕事の話を聞いたら、面白そうだった。そこで試験を受けてみたら順調に進んだので「これはご縁があるんだな」と、入社を決めました。
――ドラァグクイーンとして活躍し始めた頃、社会人に?
エスムラルダ 95年に入社して、会社員をやりながら、時々イベントでドラァグクイーンとしてショーをやってました。子どもの頃から、本を読んだりドラマを見たりするのも好きだったから「物を書く仕事がしたい」「物語を作りたい」という思いがあったんだけど、どう動けばいいのかわからなかったので、周りと同じように就職活動をし、印刷会社に入って、いろんな会社の社史を作る仕事をしていました。
――会社の同僚の方には、ゲイであることを伝えたのでしょうか?
エスムラルダ 配属されたのがたまたま、カラオケパーティーで知り合った人と同じ部署だったんです。その人が割とオープンにしてるタイプだったので、同僚のみなさんは、私がゲイであることも当たり前に受け入れてくれて、その点はノーストレスでした。