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大学で『フウト』『√ウルトラセブン』を撮る

―― 順番にお聞きしていきますね。最初の8ミリ作品を作ったのはいつですか? 

河崎 77年だから、大学1年です。

―― それが先ほど言っていた、円谷作品と一緒に上映した映画?

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河崎 そうそう。『フウト』といって、先輩が監督なんだけど、俺は美術とか特撮、ダビングとかやったんだけど。すき焼きの具が隅田川に落ちて、豆腐とネギと肉が巨大化して、後楽園球場がすき焼きになるっていうとんでもないバカ映画で。

―― 学生時代に見ました。あれ、着ぐるみじゃなくて人形ですよね。

河崎 スポンジで作って糸で動かしていた。あと、大学の屋上で勝手に、ミニチュアというか、箱でビルを作って。で、燃やしちゃうんですよ。その後、『ウルトラセブン』の8ミリ映画(注2)を撮ったんですよ。これはもう、パロディじゃなくて完コピしてやろうということで。

―― 結構真面目に作ってましたよね。

河崎 うん。僕は中1から祖師谷にあった円谷プロにチョイチョイ遊びに行っていたんですよ。円谷プロは、当時は撮影が終わったものはボンボン捨ててたんです。それをくれたわけ。で、ウルトラ警備隊のヘルメットがあって、それをもらって、これで映画を作れるんじゃないかと。じゃあセブンはどうするんだとなった時に、円谷プロはウルトラセブンとウルトラマンの着ぐるみを一般に貸していたんですよ。1週間いくらで結構安く。俺も運動会で借りますとか言って、それで映画を撮ってるっていう(笑)。恐ろしいよね。

―― ウルトラ警備隊の制服は作ったんですか?

河崎 制服なんてTシャツにガムテープを貼っただけの。

―― その程度ですか。

河崎 あと、メカとかを紙で作ってね。で、『ウルトラセブン』をでっちあげた。これもみんな観に来てあきれてたよね。

集結した元祖オタクメンバー

―― 『ぴあ』に情報を出して、上映会に人が来たんですね。

河崎 もちろん。オタクという言葉がまだなかったけど、そういう特撮が好きなオタクたちが自然と集まってるんですよね。

―― 怪獣倶楽部(注3)でしたっけ。最初のオタクメンバーが揃ったのは。原口さんも入っていたんですよね。

河崎 僕はあれには入ってないんだけど。間に合わなかったのでね。その後の世代。

―― ちょっと上なんですよね。

河崎 そうなんですよ。