「じゃあ私がいきますよ」
喧嘩慣れしている尾津は、ふらりひとりで赤田組事務所へ入っていった。中に入るなり、血まみれの平井が卒倒しているのが目に入る。唐突に、大声を出した。
「俺は平井組の者だ。おまえたちよくも俺んとこのおやじをかわいがってくれたな」
「なにを!?」
子分に囲まれたところで、奥から登場する、組長赤田。
「俺の留守中に若い奴がこんなことをしでかして誠にすまねえ」
赤田は頭を下げたが尾津はおさまらない。謝りにいった所長を半殺しにしたことの非を鳴らし、こう付け加えた。
「いずれお礼に来るから覚えていやがれ」
翌日から赤田組長を尾行。ある夜、赤田の家に飛び込んだところ…
赤田の若い衆がとびかかろうとするのを組長はとめ、尾津は血だるまになっている平井をおぶって帰った。「お礼参り」を公然と宣言してしまった。やらなければ卑怯者のそしりを免れない。尾津は翌日から仕事を放って、赤田組長の尾行を開始した。
1週間つけねらううち、赤田が女の家へ行く行動パターンを発見した。護衛も少ない。ある夜、女と1杯やりだした頃合い、突如尾津は家のなかへ飛び込んで、赤田の懐へ身をあて、すぐさま匕首(あいくち)を脇腹へ突っ込んだ!……と思ったが刃先は的を外れ、ふとももへ。尾津の手首をつかんだ赤田は、若い刺客の顔をねめつけつつ、
「人を殺るときにはこうやるんだ」
ぐい、と尾津の手首をひねり、自分のふとももに刺さった刃を自らひねり、えぐった。生暖かい血が噴き出し、掴みあった男2人の太い腕はどろどろに赤黒く染まった。あああ! 驚いた19歳は手を引いて、もんどりうって転げまわり、立ち上がるや家から飛び出した。
赤田が尾津より一枚上手だった
腰が抜けていたのか、ドブに落ちる。「野郎、まてえ」と背後から威勢のいい子分らの声は聞こえてくるが、ドブにはまるチンピラ1人にまでなかなか迫ってこない。彼らも腰が抜けていたのかもしれない。
……とここまで、なんだか既視感がある。まるで任侠映画そのもの。戦後になって尾津本人の回想がこの展開なのだが、実際のところこのようだったかはわからない。