「年末といえば紅白歌合戦」と思い込まされてきたけれど、熱く語れるほどの昔の記憶はない。子供の頃でぼんやり覚えているのは、「輝く!日本レコード大賞」の授賞式会場(帝劇か武道館か)から紅白の会場であるNHKホールへ、人気歌手が生放送をハシゴする臨場感くらいかな。

 出場するのは演歌歌手が大半で、年寄りが観るモノという印象だった。あとは大物女性歌手の名前を呼び間違えたアナウンサーのその後のいたたまれなさ、客席審査の票を数える日本野鳥の会の暗躍など。私とほぼ同い年のNHKホールも、昔は豪華に見えたが、番組自体の人気と質の低迷とともに老朽化と手狭感が気になっていった。

思い出の紅白を一挙紹介。写真は今年「サプライズ登場」も期待される中森明菜さん(写真:ニッポン放送ホームページより)

 いつの頃からか、歌手をアーティストと呼び、口パク&大所帯で出場する演者が増え、歌合戦の看板に偽りありとなった紅白。つい先日、昔の紅白のデジタルリマスター版が放送され、SNSでその感想が流れてきたが、「みんなちゃんと歌ってる」「歌のうまい人ばかり」という声だった。

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 そうなんだよ、平成に入ってからは、歌合戦なのに歌っていない、歌合戦なのに歌に集中させてくれない過剰な演出、秒単位の時間制限で出役も裏方も歌を楽しむ余裕はなくなった。生放送にこだわり続ける地獄の祭典は、もはや歌番組ではなく、ツッコミどころ満載のバラエティ&余興忘年会と化したわけだ。

 それでもここ14年は、原稿を書くためにほぼ毎年、紅白を観続けてきた。基本はツッコむためではあるが、やはり本物の歌い手の才能や迫力に、素直に感動することもある。朝ドラ&大河の出演俳優や脚本家が司会や審査員を務めるようになったので、ドラマ好きとしては馴染みもあるし、魅力を感じることもある。思い出とまではいかないまでも、「観てよかった」紅白の名場面をいくつか振り返ってみる。

2012年――初出場、漆黒の衣装で美輪明宏が披露した力強い歌声

 美輪明宏が作詞・作曲した「ヨイトマケの唄」は、歌詞の中に差別用語が含まれるためにテレビ放送では忌避されてきた。聴いたことはあったが、生放送では初めてだ。

2012年の紅白に出場した美輪明宏さん ©文藝春秋

 舞台上は真っ暗、中央にスタンドマイクひとつ。スポットライトが当たった美輪は黒髪に漆黒の衣装。紅白恒例というか悪しき因習となった、他の歌手やダンサーによるにぎやかしは一切ナシ。余計な映像や舞台装置もナシ。