坂本冬美がNHK『紅白歌合戦』への36回目の出場を迎える。これにより坂本は、歴代の紅組歌手の出場回数でいえば島倉千代子の35回を抜き、今年47回目の出場を決めた石川さゆり、過去39回の和田アキ子に次ぐ単独3位となる。
34年ぶりに「能登はいらんかいね」を披露
今回の紅白で坂本は「能登はいらんかいね」をご当地である能登・輪島から生中継で歌う。言うまでもなく、今年元日の能登半島地震、さらに9月の豪雨とあいついで災害に見舞われた能登の人たちにエールを送ろうという趣旨である。
坂本が「能登はいらんかいね」を紅白で披露するのは、リリースされた1990年以来じつに34年ぶり2度目となる。男が故郷の能登に思いを馳せるさまを歌った同曲の詞は「藤田まさと記念・新作歌謡詩コンクール」の1988年度の入賞作で、演歌界のヒットメーカーで坂本の師である作曲家の猪俣公章が曲をつけた。
作詞者の岸元克己にはこれ以外に目立った作品はないようだが、この歌では日本海から吹きつける寒風を「シベリア返し」と表現するなど、見事に能登の情景を描いている。地元の名物も随所に織り込まれており、たとえば、2番と3番の間奏では和太鼓が威勢のいい掛け声とともに打ち鳴らされるが、これは歌詞の終わりに出てくる輪島の伝統芸能・御陣乗太鼓だ。編曲した京建輔によれば、レコーディングでは現地から本物の打ち手をスタジオに呼んで演奏してもらったという(「京建輔 Fan Site 第7回インタビュー 坂本冬美『あばれ太鼓』『能登はいらんかいね』『火の国の女』」)。
本人曰く「難曲中の難曲」
御陣乗太鼓は、戦国時代、輪島に攻め入った越後の上杉謙信の軍を、村人たちが一計を案じ、鬼面をかぶり海藻を髪にして太鼓を打ち鳴らして追い払ったという伝説に由来する。坂本もこの曲のリリース時、御陣乗太鼓の奉納打ちが披露される輪島の名舟祭を訪れ、ステージ上で熱唱した。今年元日の地震により打ち手たちは散り散りとなるも、夏には規模を縮小しつつ名舟祭を開くなど伝統を絶やすまいと奮闘していると伝えられる。今夜の紅白にも地元の御陣乗太鼓保存会が出演し、勇壮なその響きが彼女の歌に彩りを添えることになる。
曲中に登場する名物にはこのほか、2番の歌詞「いさざ土産に」のいさざがある。これはシロウオの北陸地方での異名で、能登では春先に産卵のため川を遡上してくるのを捕るいさざ漁が風物詩となっている。
じつは坂本にとって「能登はいらんかいね」は自分の持ち歌のなかでも一番苦手な曲であり、なかでも鬼門がこの「いさざ土産に」の箇所だという。本人いわく、猪俣先生の曲はもともと音程の上がり下がりが激しいが、《この曲は特にその傾向が強くて。上がったと思うと急に下がり、またすぐに上がるという繰り返し。若いころ、低い声がうまく出せなかったわたしにとっては、難曲中の難曲でした》(『坂本冬美のモゴモゴモゴ』光文社、2022年)。34年前に紅白で歌ったときも惨憺たるものであったらしい。