質素なスポーツの祭典だったオリンピックを巨額の利益を生み出すイベントに変えた電通にあって、長年、スポーツ局に君臨した高橋治之氏。慶応幼稚舎から慶応大学に進み、電通、という当時の超一流企業にコネで就職。誰もがうらやむエリートコースを進んだ人物は、なぜ逮捕されたのか? 彼の人生をジャーナリストの西﨑伸彦氏の『バブル兄弟 “五輪を喰った兄”高橋治之と“長銀を潰した弟”高橋治則』より一部抜粋してお届けする。(全4回の1回目/#2を読む)
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約2億円の賄賂
「私は、すべての控訴事実について無罪を主張します。理事として協賛企業を募る職務に従事したことはなく、理事の職務として取り計らいをしたこともない。企業から受け取った金銭については、民間のコンサルティング業務に対しての報酬であり、あくまでビジネス。理事としての職務に対しての対価ではない」
2023年12月14日、東京地裁の104号法廷。グレーのスーツに臙脂色のネクタイ姿で法廷に現れた被告の男は、起訴状の朗読の間、証言台の椅子に腰かけ、睨みつけるような厳しい視線を検察官に向けていた。そして裁判長に促される形で立ち上がり、罪状認否に入った時だ。スーツの内ポケットから紙を取り出すと、「読ませて頂きます」と告げ、早口でそう捲し立てたのだった。
この日、東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件で、受託収賄罪に問われた大会組織委員会の元理事、高橋治之の初公判が開かれた。
検察側は、元電通専務の治之を“スポーツマーケティングの第一人者”と呼び、彼がスポンサー企業の選定や公式商品のライセンス契約について“働き掛け”をした見返りに賄賂を受け取ったと指摘。紳士服大手のAOKIホールディングスや出版大手のKADOKAWA、広告大手のADKホールディングスなど5つのルートで捜査を進め、計15人を立件した(うち11人はすでに有罪が確定)。冒頭陳述で明かされたのは、治之が自ら代表を務めていたコンサル会社「コモンズ」などを受け皿に、総額で約2億円の賄賂を受け取っていた克明な経緯だった。
治之は、2014年6月に組織委員会の理事に就任。組織委員会の役員らは、特措法の規定で「みなし公務員」として扱われ、職務に関する金品の受領が禁じられていた。ただ、定款には理事の具体的な職務が記されておらず、スポンサー企業との契約は理事会に報告されるのみで、元首相で会長の森喜朗に事実上一任されていた。その森が「マーケティング担当理事」として重用し、スポンサー集めを任せていたとされるのが、治之だ。
スポンサー企業は上位の「ゴールドパートナー」、それに次ぐ「オフィシャルパートナー」、そして「オフィシャルサポーター」の3つに分類され、マーケティング専任代理店に指名された電通が、販売協力代理店のADKや大広などの協力を得て契約獲得に尽力。治之の提案などで、それまでの「一業種一社」の原則を撤廃し、国内スポンサー68社から3761億円を集めた。
古巣の電通で絶大な影響力を持つ治之は、電通から組織委員会に出向していたマーケティング局長らを呼び付け、自ら依頼を受けた企業に便宜を図るよう迫った。それらは“高橋理事案件”と呼ばれ、特恵事項として扱われたという。
「5000万円にしてやれ。5000万円って言っちゃったよ。俺の顔を立ててくれよ」
コロナ禍で大会の開催が1年延期され、各スポンサー企業に原則1億円の追加協賛金を求めることになったが、治之は自らが関与した企業の追加協賛金を半額にするよう迫ったという。そこでの生々しいやり取りも法廷では明かされた。