「まだ質問あるの?」
しつこく食い下がる検察官に苛立った様子で、治之はこう牽制したが、それでも検察官は構わず質問を繰り出した。証人尋問が始まって1時間が経過しようとしていた。
検察側が、治之の署名、指印がある8通の供述調書についても言及すると、治之は後ろ手に手を組みながら、「妥協して署名したものもある」「あんまりしつこいから、まぁいいや、と」などと投げやりに答えた。
これに対し、検察側は取り調べ時の様子について明かし、「腰が痛いので、足を組んで調べを受けることを許して貰った」「休みの日にわざわざ検事が来たことに対してお礼を言った」「立会事務官に気軽に話しかけた」「喉が渇いたので水を要求した」などと指摘。治之は「いくつかは面倒臭くて署名した」とだけ答え、再び時計を見た。
「まだあるの?」
苛立たしさを滲ませて問い返すと、検察官が「不規則発言は控えて下さい」と制する始末。検察に協力する素振りは何一つ見せなかった。
昼の休憩を挟み、午後の弁護側の尋問は早々に終了。計4時間を予定していた証人尋問は、ほぼ中身がないまま切り上げられ、10月2日に予定されていた次回証人尋問も中止となった。治之は来た時と同じく、ゆっくりと歩いて退室した。
それから数時間後。ヨタヨタ歩きで病人そのものだったはずの男の姿は、思わぬ場所にあった。
高級ホテルのスパでサウナ・マッサージ
都内屈指と言える高級ホテルの27階。そこにあるのは、治之が長年通う会員制の「フィットネス&スパ」だ。施設内にはゆったりとしたジムスペースのほか、都内のホテルでは最大規模の25メートルプールが5レーンあり、水着で入れるジャグジーも併設されている。さらに更衣室を抜け、奥に進むと、ドライサウナやミストサウナ、そして浴室がある。別室には汗を流した後に眺望を楽しみながらくつろげるサロンもあり、無類のサウナ好きで知られる治之にとっては、この上ない安息の場所だった。
実は、保釈翌日にも、治之はここを訪れている。長男に肩を担がれ、杖をつきながら姿を見せると、まるで政治家が聴衆の声援に手を上げて応えるかのような仕草で、顔馴染みのメンバーたちの前に現れたという。
前日のニュースで保釈されたことは知っていたとはいえ、まさかこれほどすぐに顔を見せるとは思っていなかった仲間たちは、驚き、唖然とした表情で、勾留生活でやつれた治之を迎えた。
以降の治之は再びスパに通い、サウナとマッサージで癒やされる日常を取り戻した。当初は人目につかない車寄せから出入りしたが、そのうちに正面玄関に堂々と愛車で乗り付けるようになった。愛車は以前と変わらず、運転手付きのメルセデスベンツ。2000万円は下らないという最上級クラスのマイバッハで、かつて東京五輪の招致が決定した当時は「2020」のナンバーだった。その後、東京五輪に問題が噴出すると、ナンバーは治之の生年月日にちなんだものに変えられた。
もとより宵越しのカネは持たないタイプで、銀座の高級クラブ通いを続ける派手な生活ぶりから、電通時代は「高橋の年間予算は約2億円」とも言われたほどだ。