フードファイターは持って生まれた才能なのか?
――フードファイターって、持って生まれた才能なのか、あとから努力でなれるものなのか、ご自身的にはどう思われますか。
小林 あとからでもいけると思いますけどね。白田は7、8割ぐらい才能だって言うんですよ。それはそうでしょう、あいつでかいし(笑)。でも僕はそう思っていないんです。僕は高校生のときに野球部で、体を大きくするために食べたくないのに食べる、無理に食べなきゃいけないような状況が続く中で少しずつ胃の容量が増えていったと思うんです。
「バケモノ覚醒させたの俺か!」
――小林さんは大食いに頭脳戦を持ち込んだって言われてますよね。その部分も大きいですか、フードファイターにとっては。
小林 白田が言うように「才能」であるのなら、体の大きい人は1つの才能としてすごくいいアドバンテージになっているわけですよ。そこに勝つためにはもう総合力しかないので、自分にないものを諦めて、それ以外のところを伸ばしていくしかない。それが戦略だったり、大会前の調整の仕方だったり、勝負に挑むメンタルだったり、そういう部分を集めて、結果的に勝てればいいかなと思っていました。
白田が出てきたとき、僕は彼をバケモノだと思ったんですよ。彼のデビュー戦を僕は解説者として見ていたんですけど、底力があるはずなのに解放しきれていなかった。こいつは絶対化けたらでかいなと思っていました。
この間、白田と一緒に飲んでいたときに、白田がぽつんと言ったんです。「俺のデビュー戦のとき、尊来てくれたじゃん。あのときに、優勝した射手矢(侑大)じゃなくて、『(強いのは)白田だ』って言ってくれたでしょ。俺、あれすごい感動したんだよ」って。それを言われたときに「あ、バケモノ覚醒させたの俺か!」って思いました(笑)。
――たとえば野球選手になりたいと思ったらその教科書みたいなものがありますが、フードファイターって指南するものがほとんどないですよね。
小林 ないですね。あの当時は本当にもう試行錯誤でした。白田と僕でトレーニング方法を話し合ったってこと、ほとんどないですもん。白田にまねされたらすぐ負けると思っていましたから(笑)。体の大きさに合ったトレーニングの方法も自分で発見して、結果に結び付けていくことも大食いファイターの強さだと思っていたので。
今はある程度のトレーニングはみんな確立し始めているから、シェアするタイミングなのかも分からないですけど、あのときは自分でトレーニング法を見つけることも大事なことでした。だから、あまり僕も聞かないし、聞かれたこともなかったです。
――試行錯誤して手に入れたものですし。
小林 僕らの前の世代、赤阪(尊子)さんとか新井(和響)さんたちの第1世代は、わりとしゃべってくれるんですよ。ただ、トレーニング方法がかなり違っていて。食生活の延長線上のトレーニングなんです。なので、いつでも“オン”なんですよね。いつ番組に呼ばれても、いつ大食いしてくださいと言われても、いつでも食べられる。
一方僕や白田の時代は、試合に向けてピークをつくっていって、試合が終わると休むというような流れなので、トレーニングの仕方、調整の仕方が違うんです。なので、先輩のアドバイスを基礎としながら、自分なりに今風に変えてやっていた感じですね。