いまでも大映の撮影所は角川大映スタジオとして、日活は日活調布撮影所として続いている。だから、調布はいまもって現役バリバリの映画町というわけだ。
そして、もうひとつ多摩川沿いを彩った京王閣は、戦時中に軍部に接収されて戦後は連合軍。その後、競輪場となっていまも続く。映画と京王閣が、調布にただの住宅都市とは違った一面を与えてきたのである。
地下に潜った調布駅とその前後の線路の跡は、京王線も相模原線も遊歩道になっている。京王多摩川方面から相模原線の地上線跡を歩く。その途中には、ちっちゃなガメラの像があった。
ガメラといったら大映が1965年に世に送り出した日本映画を代表する怪獣だ。日比谷のゴジラ(あちらは東宝です)ほどデカくはなくて、というかだいぶちっちゃいのがちと残念なキモするが、これも映画のまちならではといったところか。
駅のホームで聞こえてきた“あのメロディ”
そして、調布の町中で、もうひとつ気になるものがあった。駅前から布多天神社に向かう天神通りの商店街。そこには、『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターがところどころに飾られていた。なんでも、ゲゲゲの妖怪たちは布多天神社の裏の林で暮らしている、という設定らしい。作者の水木しげるも調布に暮らしていた。
自然豊かな郊外から、住宅都市へと変貌した調布の町。そういう歴史を抱えているからこそ、映画のまちであり、鬼太郎の暮らす町であり、あらゆる商業施設が集まる駅前風景であり、そういうものが形作られたのだろう。
調布駅のホームに戻り、電車を待っていると聞こえてきたのはいきものがかりの『ありがとう』。締めくくりは、ゲゲゲのメロディであった。
写真=鼠入昌史
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