2024年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプが圧勝し復活を遂げた。

 遡って16年、最初に大統領に就任した際にトランプは“オバマケア(医療保険制度改革法)”をはじめとした、オバマ政権の政治的遺産をことごとくひっくりかえした。トランプがそれほどオバマに憎悪を抱いているというのは、アメリカ国民の間では有名な話だという。

 ここでは22年に刊行され、トランプ復活を機に新書化された、ジャーナリスト・横田増生さんの『ルポ 「トランプ信者」潜入一年』(小学館)から一部を抜粋。トランプがオバマに嘲笑され、復讐のために16年の大統領選挙に出馬しようと決意した経緯とは――。(全4回の4回目/最初から読む

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20年の大統領選挙でトランプ陣営にボランティアとして潜入し、支持者たちを取材した横田増生さん 著者撮影

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オバマの出生陰謀論

 テレビのリアリティ番組で場数を踏んできたトランプは、オバマが再選をかけた12年の選挙に打って出ようとした。選挙戦に斬り込むための切り札としたのが、オバマはアメリカ以外で生まれているので大統領になる資格がない、という陰謀論だった。

 アメリカ合衆国憲法は、「出生により合衆国市民である者、または、この憲法の成立時に合衆国市民である者でなければ、大統領の職に就くことはできない」と定めているので、もしも、オバマが海外で生まれて、後にアメリカの市民権を得ていたのなら、大統領になる資格はない。

 このオバマの出生に関する陰謀論は、すでに右派がネット上で展開していたものをトランプが探り当て、全国ネットのテレビに出演し、喧伝することで、全米に知れ渡った。

 オバマはすでに、簡略版の出生証明を公開していた。ハワイ州が発行した証明書には、オバマがホノルルで生まれたことが明記してある。

 にもかかわらず、トランプはオバマの出生には疑いがある、として猛然と嚙みついた。トランプはテレビのトーク番組やニュース番組に精力的に出演して、有権者の歓心を買うことに努めた。

ドナルド・トランプ ©時事通信社

「なんでオバマは、なぜ正式な出生証明書を見せないのか。そこには、何かオバマに不利になるようなことが書いてあるんじゃないか」(ABC)

「オバマは、弁護士に何百万ドルも使って、この問題を揉み消そうとしてきた。俺がこの問題を取り上げるようになってから、突然、いろんな事実が表に出てきたんだ。そうして、俺はオバマがアメリカで生まれたのかどうかを自問自答するようになった」(FOXニュース)

「3週間前に俺がこの問題を調べ始めるまで、オバマはおそらくアメリカで生まれたんだろうと思っていたが、今は大きな疑問符がつく。簡略版の出生証明というのは、だれも書類にサインしてないんだ。もし、オバマがアメリカで生まれていないとしたなら、アメリカ史で最大のいかさまを働いたことになる」(NBC)

「ケニアに住むオバマの祖母が『彼はケニアで生まれました。私はその場に居合わせて目撃したんです』と話すのが録音されている」(MSNBC)

 こうした発言の裏には、初の黒人大統領に対する差別意識が潜んでいる。ケニア生まれの父親を持つオバマは、本当のアメリカ人だろうか、と疑問を投げかける。しかし、08年に共和党の大統領候補となったジョン・マケインや、トランプ自身には同じ問いかけは起きない。トランプは、この騒ぎを起こした時、自分の出生証明を公表すると言いながら公表していないが、それは問題にはならない。ドイツ人とスコットランド人を父母に持つトランプは、建国の父たちに似た主流派のアメリカ人であるWASP(ワスプ)のように見えるからだ。

 トランプはオバマの出生地に関する陰謀論の発信源となることで、大統領選の事前調査で支持率を高めることができた。これを踏み台に、今回は、共和党から正式に大統領選への出馬表明をしようと目論んだ。

 機は熟したかにみえた。