復讐を誓った夜
この日、たまたまトランプの近くに座っていた雑誌ニューヨーカー誌の記者は、こう書く。
「トランプが受けた屈辱はあまりに絶対的で、私がこれまで見たこともないほどだった。さらし台に首を乗せられた男のように、笑いの波が襲ってきたときも、表情を変えることがほとんどなかった。うなずくことも、手を叩くことも、元気なふりをすることも、気弱に笑ってみせることもしなかった。トランプはあごを引いて、じっと座って怒りに耐えていた」
トランプはなによりも、物笑いのタネになるのを嫌った。
姪で、心理学者のメアリー・トランプは、叔父のトランプを描いた『世界で最も危険な男』で、トランプの無謀な誇張癖や分不相応な自信の裏には、病的な弱さと不安を隠しており、そのために、笑われたことは何年たっても執念深く覚えている、と指摘している。
この時の恥辱を受けたことが、トランプが16年に立候補する原動力となった、とニューヨーク・タイムズ紙は書く。
「あの夜、公の場で受けた屈辱は、トランプを政治の世界から遠ざけるのではなく、政界で確固たる地位を手に入れようとする獰猛なまでの努力を加速させた」(16年3月13日付)
トランプの政治アドバイザーであるロジャー・ストーンは、テレビ番組で直截にこう語っている。
「トランプはあの夜、(16年の)大統領選に出馬しようと決意したんだ、と考えています。笑い物にされたことで、やる気になったんでしょう。大統領選挙に立候補して、皆に目にもの見せてやろうと」
それはトランプにとって究極の復讐を誓った夜となった。次の16年の大統領選挙で当選して、現職大統領のオバマから、直接、ホワイトハウスの鍵を受け取る。それによって、今までトランプを馬鹿にしてきた政界関係者やマスコミ、批評家たちに一泡吹かせよう、と固く決心した。世界で最大の権力者である大統領の座に就くことでしか、トランプの受けた恥辱を拭い去ることはできなかった。
そう、トランプは復讐を果たすために大統領になることを決心したのだ。
翌12年11月、共和党の大統領候補だったミット・ロムニーが、現職大統領のオバマに敗れ去るのを見届けると、トランプは、ロナルド・レーガンが1980年に選挙に用いた「アメリカを再び偉大な国に!」というスローガンを商標登録して、16年の大統領選挙での雪辱を誓った。
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