オバマ政権は当初、この陰謀論を深刻にとらえていなかった。すでに、略式の出生証明で決着がついている問題に再び大統領自身が関わるのは、大統領職の威厳を損なうことにならないか、と危惧していた。

 しかし、オバマが4月中旬に、予算に関する演説をしたとき、記者からの質問が出生地問題に集中したことから、ようやく重い腰を上げた。ホワイトハウスは、ホノルルから署名入りの正式な出生証明を取り寄せた。

 トランプは4月下旬、大統領選緒戦の重要州であるニューハンプシャー州までヘリコプターで飛び、重要な発表があると言って記者団を集めた。

ADVERTISEMENT

 しかし、トランプがニューハンプシャー州に向かったタイミングを見計らって、ホワイトハウスは、オバマの正式な出生証明をメディアに公表した。トランプが記者会見用のマイクの前に立つ直前に、オバマ自身が、ホワイトハウスの記者団の前でこう話した。

「ホワイトハウスが先ほど、私の出生地についての追加の情報を発表した。実際に私は、1961年8月4日、ハワイのカピオラニ産婦人科病院で生まれた」

バラク・オバマ ©時事通信社

 それは簡略式の出生証明と同じ内容だった。

 オバマに出し抜かれた格好のトランプは、集まった記者団に対し、

「俺は俺自身を誇りに思うよ。それまで誰もなしえなかったことを成し遂げたからだ。ヘリコプターでの移動中に、大統領がとうとう出生証明書を公開したと知らされた。よく見てみる必要があるが、本物だと信じたい。これで、やっと本当に大切なことについて話し合うことができるからな。マスコミも、この件で俺に質問するのをやめるだろう。けれど、オバマはもっと早く出生証明を公表するべきだったな」

 と強がってみせた。自分で焚きつけた出生問題の責任をマスコミやオバマに押し付けようとしたのだ。

 トランプはこの後、12年の大統領選挙には出馬しないとの声明文を発表する。

オバマにおちょくられる

 出生問題に片が付いた数日後、ホワイトハウス特派員協会が主催する恒例の晩餐会が、ワシントンのホテルで開かれた。百年近い伝統を持ち、報道関係者のみならず各界の著名人が正装で出席し、その模様はテレビでも生中継される華やかな催しだ。式典の目玉は現職大統領のスピーチで、時事ネタや毒舌、冗談を交えながら、聴衆を笑わせるのがお約束だ。

 トランプはその年、ゲストの1人として晩餐会に招待されていた。トランプは黒のスーツと白のシャツ、黒の蝶ネクタイという姿で現れた。

 この日のオバマのスピーチは、初めからトランプをおちょくるのが目的だった。

 オープニングのビデオには、「私は本物のアメリカ人(リアル・アメリカン)」というプロレスラーであるハルク・ホーガンの入場テーマ曲を使った。会場のスクリーンに映し出された星条旗を破って出てきたのは、オバマが公開したばかりの出生証明書だった。

 その後も、アメリカの紋章である白頭鷲やラシュモア山に彫刻された4人の大統領の顔、カウボーイの後ろ姿やアンクル・サムなど、アメリカを連想させるイメージショットの間に、出生証明書を挟み込む。

 オバマはこう話し始めた。

「アメリカ国民の皆さん、マハロ(ハワイの言葉で、ありがとう、の意味)。今日の晩餐会に出席できて大変光栄に思っています。それにしても、なんという1週間だったでしょう。皆さんはすでにお聞きになったかもしれませんが、ハワイが私の正式な出生証明を公表しました」

 ここで聴衆が手を叩いて喜び、後方のテレビカメラが独特の髪型をしたトランプの姿をとらえる。