その後AさんはSに、営業との打ち合わせ結果を報告しようとしたが、Aさんが「すみません」と言い終わらぬうちに、Sは「知らん! 聞かん!」と大声で拒絶した。
Aさんは「いよいよ本当に愛想を尽かされた。見捨てられた」と絶望を感じ、3回目の自殺を考えた。そして帰宅後、明らかに精神が崩壊しているAさんに、妻が泣きながら「もう頑張らなくていいよ」と言葉をかけ、休職に至るのである。
妻が異変に気付かなければ…
休職開始から1年が経過した15年7月、会社はAさんを、「休職期間が満了しても職場復帰できていない」と解雇した。Aさんは労災申請し、16年1月、長崎労基署はAさんの精神疾患を、パワハラによる労災であると認めた。
Aさんは、会社に対し、解雇無効の請求、パワハラの慰謝料請求、残業代請求(Aさんは、月平均60時間の残業をしていたが、会社は1円の残業代も支払っていなかった)等の民事訴訟を起こした。
幸い、Aさんが自殺せずにすんだのは妻が異変に気づき、危険を察し、Aさんが仕事に行くことを無理にでも止めたからである。しかし、Aさんは心に深い傷を負い、今でも働くことができず、夜もよく眠れない。眠れたとしても会社の夢を見て酷くうなされ、自分の呻き声や悲鳴で飛び起きる日々である。
会社は2600万円超を支払い和解
妻は、Aさんが自殺するのではないかと心配で、ひとときも目を離せないでいる。毎日のように潰され削られてきた自尊心や自信を、Aさんが回復するには、長い時間がかかるだろう。職場でのパワハラは、わずか1年半で、簡単に、1人のごく普通に生きてきた人間を壊し、家族の人生を狂わせてしまうのだ。
18年の1審判決の後、会社はAさんに、第4回でいう、①のパワハラ慰謝料と弁護士費用275万円、その遅延損害金61万円、③の残業代236万円、その遅延損害金72万円を支払いつつ控訴し、控訴審で②休職から現在までの給料と、④裁判中のパワハラの慰謝料を争った。
しかし、控訴審では19年、「会社は、Aさんに対し、慰謝料として……既払金とは別に、2000万円の支払義務があることを認める」という和解が成立し、結局会社はAさんに総額2644万円を支払って訴訟が終了した。Aさんは体調が回復し、今も自営業でデザイナーをしている。
