「犯人に仕立て上げた人たち」をどう思うのか?

 ただ、組織的な過ちについては、厳しい言葉を連ねた。

「あのころ、巌が手紙に『捏造だ』と書いていたけど、その通りになったでしょ。冤罪が何で起きるかって、役人の保身と出世欲なんですよ。それが当たり前になってる。だから役所が変わらないとだめ。勇気がなきゃいかん。勇気をもって内部から告発する人がいないと。役所の人は何のために今の仕事をしているのかと考えて欲しいね」(秀子さん)

 そんな秀子さんに、坂本は訊きたいことがあった。

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「実際に捏造が認定されたということは、味噌タンクに衣類を入れて巌さんを犯人に仕立て上げた人たちが捜査機関にいるということじゃないですか。翌日に家宅捜索をしてとも布を発見させた刑事もおそらくグルでしょう。

 それらの人物は天寿を全うしたのか、あるいはまだどこかで生きているのか分かりませんが、捏造をした人間に対してはどう思いますか」

長年、袴田さんを支援してきた元刑務官・坂本敏夫氏 ©文藝春秋

 秀子さんはさばさばした様子で次のように口を開いた。

「そこから先は警察の仕事だでね。警察には新証拠を捏造した人を探し出して欲しいけど、私たちの仕事は巌の冤罪をはらすことだったでね。

 巌を死刑になんかさせてたまるかというその一念だけでやっとったからね。私は何を言われても平気だったけど、冤罪は家族が肩身が狭くなるよ。まあとにかく真実を隠した人を探し出すのは警察や検察の仕事」

 最高検は2024年12月26日、捜査や公判の問題点を検証した報告書を公表した。検察や警察の自白に至らせた拷問とも言える取り調べなどは認めた。しかし、無罪判決の決め手となった捜査機関による証拠の捏造については「あり得ない」として、検証の対象に含めなかった。

同じものを食べ続ける食事…爪痕はまだ残っている

 坂本には巌さんの様子が気になっていた。マンションの外階段にあったリフトを見つけ、足が弱くなられたのかと心配していたのだ。

 袴田さんと秀子が暮らす3階建てのマンションは、秀子さんが再審請求の運動を続ける中で自分自身も生きる希望を持とうと、いつか釈放された巌と暮らすのだと61歳のときに銀行に借金をして建てたものである。