「しばらく私をかくまってくれたんです」家を追い出されたあと、“ある人物”に助けられ…
――家を追い出されたあと、どうしたのですか。
Yuna おばが助けてくれて、しばらく私をかくまってくれたんです。そのあとは幼馴染とルームシェアをして、普段通りの生活を送ることができました。
でも、ふとした瞬間に寂しさや不安が押し寄せてきて、バイト先のトイレで隠れて泣いたりもして。
――不安になりますよね。
Yuna ただ、一緒に生活していた頃から、母には生活面でも金銭面でもほとんど頼っていなかったんです。父と別れて母子だけの生活になってからも、母は仕事も家事もほとんどしなくて。
バイトができる16歳になってからは、週4~6でバイトをして生活費や学費を稼いでいました。大学は返済不要の奨学金をもらって通っていたから、冷静に考えると変わったのは住む場所くらい。あまり引きずることなく、母のいない生活に慣れていきました。
――いまはお母さまとの関係は?
Yuna 何年も絶縁していたんですけど、実は数ヶ月前に、母と和解したんです。書籍の執筆を経て心がデトックスされて、「許そう」という気持ちになり、過去のことを水に流すことにしました。
久しぶりに会って一緒に過ごしたら、母はすごく嬉しそうな顔をしていました。いろいろあったけど、今は憎んではいません。
複雑な家庭環境で育ったが…母親と父親を憎んでない理由
――久しぶりに会って、お母さまのことを受け入れられたのでしょうか。
Yuna うーん……。受け入れたというよりも、「保存した」という表現のほうがしっくりくるかもしれない。過去の私が母に何度も傷つけられたのは事実だから、母にされたことは到底納得できないし、受け入れたくはないんです。
でも、母にされたことを過去の出来事として保存したら、いまの母に対する憎しみは徐々に薄れていったという感じですね。
――お父さまとは現在、連絡は取っているのですか。
Yuna ハワイに移住してからは、まったく連絡をとっていなかったんです。母もよく父の悪口を言っていたから、私も父はひどい人だと嫌悪感を持っていました。事実、父親としてはダメな人でしたからね。
ただ、母と一緒に住まなくなってからは、だんだん父への嫌悪感も薄れていって。22歳のとき、約12年ぶりに再会しました。そのときにしていたアルバイトの話をしたら、父は真剣に耳を傾けて、アドバイスをしてくれて。
これまで私の話を真剣に聞いてくれる大人が身近にいなかったから、すごく嬉しかったですね。いまでは父のことを尊敬していますし、良き相談相手です。

