たとえば、羽田空港のトイレで孤立出産した赤ちゃんを殺害後に公園に遺棄した事件(2020年)。札幌で起きた、孤立出産した赤ちゃんを殺害後にコインロッカーに遺棄した事件(2021年)。東京郊外の自宅マンションで孤立出産後に赤ちゃんを殺害遺棄したとして起訴された事件(2021年)。
いずれも、興野氏が拘置所に出向き、あるいは保釈中に被告女性が興野氏の病院を受診して、精神鑑定を行なった結果、境界知能であることがわかった。加えて神経発達症のADHD(注意欠如・多動症)の人もいた。
中には孤立出産時にかかる強度のストレスから、解離症を発症し、出産前後の記憶を失ってしまったケースもあった。
「死産」か「生産」かを巡る法廷論争
この被告女性は、逮捕後に警察官や検察官の質問に対し殺害を認める供述をしているが、その後、弁護士との接見時、実は出産前後の記憶がないと打ち明けた。公判結審時の最終陳述では「記憶がない」ということの悲しみと、そのために自分を責める気持ち、赤ちゃんへの申し訳なさを、被告は泣きながら語った。
埼玉県で起きた嬰児殺害遺棄事件(2021年)では女性は二度、孤立出産後に赤ちゃんの遺体を隠していた。女性は殺害を否認し、「死産」か「生産」かをめぐり検察と弁護側が争った。遺体は腐敗が進み、司法解剖では死因は「不明」だった。
検察と弁護人はそれぞれ産婦人科医を参考人に招き、法廷はさながら医療者対決のような展開となった。「生産」の可能性が高いことを立証しようとする検察側証人の産婦人科医に対し、弁護側証人の蓮田氏は、遺体の状況から考えるとあくまで「事実はわからないこと」と主張した。
検察は7年を求刑し、2024年3月に懲役5年6月(求刑懲役7年)の実刑判決が下りた。被告女性は控訴したが、2025年1月、東京高裁は控訴棄却を決定した。
裁判では重視されていない「特性」
これまでの裁判では、境界知能や神経発達症と孤立出産殺害遺棄の関わりは積極的に認められていない。女性に「特性」があることは認めるものの、そのことと事件の因果関係は切り分ける判決が続いている。