「リキさん、行くの?」ヤクザに囲まれた力道山がとった“思わぬ行動”

 力道山は、ちょうど箱根にいる東声会の首領、町井久之に電話をし終えたところだった。

 町井は「行くな、おれにも面子がある」と力道山に迫った。

 宍倉は念のため、アパートの表と裏に車を手配した。

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「下に、東声会の連中がきています」

 そういっても、もはや力道山はひるまなかった。

「さあ、行くぞ」

 荷物を抱えて、下に降りた。エレベーターを出たところで、拳銃を抜いた面々に囲まれた。

「リキさん、行くの?」

「行くよ。いま、箱根の町井と、電話で話をつけたよ。疑うんなら、電話してみな」

 力道山は、嘘をいった。彼らが電話に走っているあいだに、表に停まっている車に乗り込んだ。運転手に「飛ばせ!」と命じるや、車は羽田に向かって、フルスピードで走り出した。

日本航空の国際線スチュワーデス田中敬子と結婚した力道山 ©文藝春秋

力道山のタブーをマスコミ各社は自主規制

 力道山らは、ノースウェスト機で飛び立った。

 韓国では、国賓待遇を受けた。ジープが日韓両国の国旗を掲げて先導していくなかを、力道山はシボレーのオープンカーに乗って、ソウル市内をパレードした。「東亜日報」は、大々的に力道山歓迎の記事を書き立てた。

「日本に帰化したが、血脈は変わらない」

「日本でも有数の金持ち」

「プロレスリングの王座に」

 首相、文部大臣、KCIA(韓国中央情報局)長官らとつぎつぎに会見がもたれた。

 4日間の韓国訪問を終えた力道山は、1月11日に帰国した。その日は金曜日であった。

 金曜日には、渋谷のリキ・スポーツパレスで、テレビマッチがおこなわれる。試合に出るために、帰ってきた。

 じつは、訪韓中、中日新聞一紙が、外電で力道山の訪韓を伝えていた。これには力道山も肝を潰したが、他紙は書かなかった。日本の英雄、力道山のタブーは、マスコミ各社が自主規制するほど強力に機能していたのである。

 羽田空港から、まっすぐ赤坂の料理屋「鶴ノ家」に向かった。そこには、山口組3代目の田岡一雄が待っているはずだった。