「今、僕はうつ病で治療中ですが、それが治ったら交際してもらえませんか。あなたがバツイチで、子どもがいることも承知している。その上での告白なんですよ」

 婚活中の同僚からの“上から目線”の告白を断った40代のある女性。ところが、この選択がのちに恐るべき事件に発展することに…。2013年に起きた事件の顛末を、前後編に分けてお届け。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。(全2回の1回目/後編を読む

 “上から目線すぎる告白”を断った40代の女性。のちに彼女を襲った悲劇とは…。写真はイメージ ©getty

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 深谷吾郎(当時40)は高校卒業後、4年ほど地元の信用金庫で働いたが水に合わず、カーボンメーカーの研究施設に転職した。そこでは毒劇物のフッ化水素酸を洗浄液として使い、実験用の機器を洗うという専門的な仕事をしていた。

「フッ化水素酸は目にかかると失明する。吸い込んでも肺をやられてしまう。硝酸や硫酸より強い腐食性を持つ。特に指では触らないように。皮膚がただれ、頭や首に浴びた場合、数十分以内に死に至る猛毒だからね。オウム真理教が使ったサリンの原料にもなるんだよ」

 それから数年後、前任者が異動すると、深谷がフッ化水素酸の管理責任者になった。給料は悪くなかったが、毎日同じ仕事の繰り返しで、これといった出会いもなく、気が付けば四十路で独身。いつしか結婚難民になっていた。

「何でオレが余るんだろう。世の中の女は贅沢すぎるんじゃないのか」

 そんなある日、事件の被害者となるA子さん(当時40代)が職場に派遣されてきた。ハキハキと話す明るい性格の美人。深谷にも気さくに話しかけてきた。

「深谷さんはすごいんですね。こんな化学薬品を扱えるなんて、会社になくてはならない人ですよ!」

「いやいや、そんなことないですよ…」

 深谷は自分の好みにマッチしていて、なおかつ理解してくれる女性がやっと現れたと喜んだ。A子さんに興味を持ち、彼女の素性を探っていたところ、子持ちの人妻であることが分かった。だが、夫とは別居していて、別の“彼氏”と交際中という噂も聞いた。

「それなら、自分にもチャンスがあるんじゃないか」

「上から目線すぎる告白」

 深谷はA子さんと顔を合わせるたび、「僕のタイプです」と耳元で囁くようになった。そのアプローチがあまりにも露骨なので、A子さんは仕事の同僚の範囲を超えていると悟り、それとなく避けるようになった。

 しかし、深谷はそんなA子さんの態度を「照れているだけだ」と思い込み、ついには面と向かっての告白へと至ったのだった。

「今、僕はうつ病で治療中ですが、それが治ったら交際してもらえませんか。あなたがバツイチで、子どもがいることも承知している。その上での告白なんですよ」