被告の行動を読み解く上で必要な視点
裁判で精神疾患と犯行の因果関係が認められるのは、統合失調症やうつ病などに限られてきた。ADHDをはじめとする神経発達症については、犯罪行為への影響は認められていない。それでも証人として出廷した意味を裁判長から問われた興野氏は
「ADHDでも前向きに能力を発揮する人とマイナス方向に人生が展開していく人がいる。その分岐点は自己肯定感と、モデルとなる大人がいるかどうかだ」
と答え、出廷した目的をこう述べた。
「ADHDの観点から被告を分析したほうが、より真理に近づくことができます。被告がなぜあのような行動をとったのか、分析するうえで必要な視点だと考えます」
公判3日めに証人として法廷に立った蓮田健氏は、弁護人尋問と検察尋問で、赤ちゃんポストに預け入れた女性の一部との接触や、孤立出産を避けるために始めた内密出産の事例に基づいて、孤立出産を選択する女性たちの特性について説明しようとした。しかし、裁判長の「核心司法」の方針のもと、多くを語ることを認められなかった。
予期せず望まない妊娠をした女性が、出産という恐怖のその日まで自らの身体を放置する。この異常性に潜むメカニズムを、孤立出産した女性の分析知見を最も多く持つ産婦人科医が説明しようとしての出廷だった。ところが、それは「一般論」として退けられた。
だが、法廷は、私たちは、「一般論」と呼ぶほどに「孤立出産とは何か」を知っているだろうか。
極端で最悪な選択に行き着いてしまった
興野氏の分析を基に、改めて彼女が殺害を決意した背景とADHDに基づく要因を整理すると、次の3つに集約される。
まず、電気が止められて赤ちゃんポストまで連れていく旅費を取り崩さなくてはならなくなるという緊急事態で、赤ちゃんを生かすためにはどうしたらいいかを「丁寧に思考する能力」の不足があった。2点めは、孤立出産直後の心身の疲弊した状態が影響した。3点めは、ホストとの「依存関係」や「金銭管理ができない」ことにより経済困窮に陥り、生きる気力を失っていたことだ。