生きて生まれた赤ちゃんを殺さなくてはならなかった理由には、その2年前に死産した赤ちゃんの遺体がバレるのを恐れたこともあった。加えて女性には、隣県の地元で出産した2児がいた。生き別れているが、自身のしたことの影響が、子どもたちの身の上に降りかかることを避けたい気持ちがあったという。

孤立出産殺害遺棄事件は年間20件〜30件ほど発生しているが、そのほとんどが出産直後に女性が自ら殺害している。「パニックだった」と説明するケースが多い。しかし、女性はそうではなかった。弁護側は、殺人と死体遺棄の両方について争わず、情状酌量による減刑を求めた。

なぜ「衝動的ではない殺人」に至ったのか

裁判所は弁護側が慈恵病院(熊本市)の蓮田健理事長と、精神科医・興野康也氏(熊本県人吉市 人吉こころのホスピタル)を証人として招聘することを認めた。

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慈恵病院は赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」を運営している。女性が赤ちゃんを連れていこうとしていた場所だ。興野氏は蓮田氏と連携して孤立出産殺害遺棄事件の裁判支援をしている。

前編で紹介した通り、神経発達症を専門とする興野氏は過去7件の孤立出産殺害遺棄事件で被告女性の精神鑑定を行い、その結果、全員が境界知能(平均知能指数を100とした場合、51~70未満が軽度知的障害、70~84が境界知能)で、うち4人はADHD(注意欠如・多動症)であることがわかった。

パニックになって咄嗟に殺害した彼女たちの衝動的行動はADHDの特性によるものだったと興野氏は分析した。だが、本件では被告女性は10日間、赤ちゃんと生活しており、殺害に衝動性は見られない。

興野氏は勾留中の女性を拘置所に訪ね、精神鑑定を行い、両親と本人の供述調書から、ADHDの特性がうかがわれるエピソードを抜き出し、分析。その結果、女性のIQは87で、境界知能をわずかに外れ、正常域の下限だった。他方、精神発達症についてはADHDと診断された。衝動的な殺人とは異なるこの事件で「ADHDと犯行」の因果関係にどのように迫ることができるか。