『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』で注目を集めた谷頭和希さん。最新のプロフィールには「都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家」という、耳慣れない肩書が書かれている。
「長い肩書ですよね(笑)。僕が取材対象としているのは都市論とビジネスの両方なんですが、そのどちらをも押さえた名称を考えて今のものに落ち着きました。現代の日本の街について考える上でチェーンストアは無視できないですし、都市を詳しく見ようとすれば、建築もビジネスも観光も流通もぜんぶ繋がっているはずです。それらを既存のジャンルで切り分けて考えても本質的な部分を見落としてしまう。すべてを包括的にカバーできる名前がよかったんですよね」
そんな谷頭さんの新刊は、新時代の都市論・消費論とも言える『ニセコ化するニッポン』だ。ニセコ――北海道の蘭越町(らんこしちょう)、ニセコ町、倶知安町(くっちゃんちょう)にまたがるこのスキーリゾート地は、近年大量の外国人観光客が押し寄せていることで有名。現地で使われるのはほぼ英語のみ、物価も高く、「日本であって日本ではない場所」などとも形容される。ニセコで起こっている現象は、日本のあらゆる場所で起こっているというのが、本書の主張の骨子となっている。
「この本で『ニセコ化』としているのは、『選択と集中』によってその場所が『テーマパーク』のようになっていく現象のことです。ニセコでいえば、日本にありながら外国人富裕層のスキーリゾート観光客に特化して、彼らを徹底的に満足させるように空間をつくり変えていった。結果として、その世界観に合わない要素を排除したテーマパーク的な様相を帯びました。新大久保や渋谷といった街にも同じことが起こっています」
こう説明を受けると、ごく一部の観光地の話かと考えてしまうが、本書で「ニセコ化」の例として挙げられるのは都市だけに限らない。USJ、スターバックス、丸亀製麺などの企業もまた「ニセコ化」によって業績を伸ばしているというのが谷頭さんの見立て。逆に失敗例として、ファミレスやイトーヨーカドーの不振が挙げられ、谷頭さんの包括的な目線が光る。
「この本って実はニセコの本じゃないんです(笑)。ニセコで起きていることは日本のあらゆるところに繋がっているということが書かれているので、単にニセコの現状を詳しく知りたい人にとっては、物足りない部分があるかもしれません。
スタバやびっくりドンキーが『選択と集中』と『テーマパーク化』によって業績を伸ばす一方で、いろんなものが何でも食べられることが売りのファミレスは低迷している。これは個人の好みが複雑化した時代に対応できず、『選択と集中』をうまく行えていないからと言えると思います」
一方で「ニセコ化」の弊害についても分析されているのが、この本が良書たる理由だ。ある特定層への「選択と集中」は、同時にそれ以外の人々を「排除」することに繋がる。この点は終盤にかけて詳しく掘り下げられていく。
「マーケティングに特化した本にすることもできたんですが、もともと社会学をやっていた身からすると、『ニセコ化』のマイナス点にもきちんと言及したかった。それが『排除』の問題であり、公共性をどうやって確保するかという話です。結論から言うと、それは政治の問題かなと。日本って全体のシステムをつくるのがすごく苦手な国なんです。多種多様な人が共存するための街づくりのデザインは政治が解決していかなければいけないと思います」
たにがしらかずき/1997年生まれ。都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』等。
