追跡できるのは冬眠明けから雪が解けきるまでのわずか1週間
「――だめだわ、やめよう」
「――今日はもう形跡なしだな」
雪は激しくなる一方で、この日は途中で引き揚げざるを得なかった。
「肝心のいちばん良いときは1週間くらいだから、クマ追えるのは。それが過ぎたらもう全然足跡がなくなってだめだ」
赤石はそう言った。ヒグマは春が近づくと、冬眠から目覚める。赤石の経験則では、冬眠明けから雪が解けきるまでは、わずか1週間しかない。雪が解けきってしまえば、足跡は残されず、追跡は不可能となる。問題は、その1週間がいつ始まり、いつ終わるのか、誰にも予測できないことだった。
彼らは、いつ訪れるかわからない1週間を逃すまいと、毎週欠かさず上尾幌国有林に通った。
「雲隠れの術だ」不思議なくらいにヒグマの足跡は見つからなかった
リーダーの藤本は、知り合いを通してスノーモービルを手配し、林道に持ち込んだ。車で入っていけない森の奥深くまで探索を行うためだ。森に張り巡らされた林道を、手分けしてくまなく走る。足跡が見つからなくても、数日後に再び同じ道を通り、新しい足跡が現れていないかを確認する。
そんな日々が1ヵ月続いた。
3月11日、最高気温は3.4度に達する。例年よりも数週間早く、雪が解けきろうとしていた。しかし、不思議なくらいにヒグマの足跡は見つからなかった。
普段は意気揚々と話し合う特別対策班のメンバーたちは、珍しくどんよりとした空気に包まれていた。
「どこ行っても何の足跡もないな。どこ行ったもんだべ」
「でも起きてればどっかに足跡残すよね」
「これだけ雪降ったんだから絶対どっかに残すんだ。それがないんだもん」
「雲隠れの術だ」
「こんな広いところ見て歩けったって無理だもん。よっぽど根性かけないと見れないよ」
仲間たちの話を聞いていた赤石がつぶやく。
「だめだ。場所が違うか……何とも言えんな。雪がもうなくなるから追えなくなる。これならもう何日も持たないよ。雪がないところなんかまるっきりねえもん。なかなかつかめねえよ」
