北西へ20kmほど離れた場所でヒグマの足跡
OSO18どころか、ヒグマの足跡がそもそも見つからない。ここまで足跡が見当たらない年は、彼らにとっても前例がなかった。OSO18は、彼らが自分を追跡していることをわかっているのではないか。ハンターたちの気配を察知し、穴の中に身を潜めているようにさえ思えた。
確かに動物の足跡は、森の中に無数にあった。雪が降り積もった林道上を横断している。それらはすべて、エゾシカの足跡だった。
捜索のあいだ、エゾシカは何度もスノーモービルの先を駆け抜けていった。立派な角を蓄えた1頭のオスジカ、2頭の子を連れた母ジカ、20頭規模の大群。森に響くスノーモービルの轟音に驚き、逃げるように去っていくエゾシカたちの背中が見える。
彼らによると、ハンターに追われた動物はいつも禁猟区に逃げ込むのだという。そこに行けば撃たれない、ということがわかっているかのように。
2023年3月19日。ヒグマの足跡を見た、という情報が地域住民から寄せられた。そこは、これまで重点的に探していた上尾幌国有林ではなく、北西へ20kmほど離れた場所だった。
釧路湿原国立公園。1300種の野生動物が生息し、ラムサール条約登録湿地にも指定される、日本最大の湿原である。
ヒグマの足跡は、その域内の鳥獣保護区にあった。保護区であるがゆえ、ここも一切の狩猟が禁じられている。
「昔、冬眠の穴を見たことはありますね」
特別対策班は、この日も上尾幌国有林に向かう途中だったが、町役場から連絡を受け、急遽行き先を変更した。
「あったぞ、こっち」
藤本が仲間を呼び集める。足跡は、湿原を一望できる展望台へと続く斜面に残されていた。
赤石がメジャーを取り出し、前足とみられる跡に当てる。
「うーん、15くらいだな」
OSO18にしては、すこし小さいとみられた。
藤本は、そばに通りがかった初老の男性に声をかけた。
「この辺でクマ見たりしたことってありませんか?」
「ああ、クマはないけど……。昔、冬眠の穴を見たことはありますね」
「どの辺ですか?」
「この奥です」
地元住民だという男性は、そう言いながら、ある方向を指さした。道路が続いていたが、その先は門で閉ざされていた。林業関係者専用の林道として、普段は通行止めにされ、門には鍵がかけられている。
