本は独創を生む力
野崎は阪神電鉄航空営業本部旅行部(通称・阪神航空)の旅行部長だった。航空営業一筋に31年間務めた彼は、1996年6月、縁のない阪神タイガースに常務取締役(営業、総務担当)として出向を命じられた。過去、めでたく電鉄本社に戻った者もいたが、多くは成績低迷の責任を背負わされて傷つき、辞任に追い込まれる者も少なくなかった。自殺という不幸な途を選んだ幹部もいる。
内示を受けた後、彼が最初にやったことは、地元の芦屋市立図書館に足を運ぶことだった。その分室には小説家の村上春樹も通っていたが、野崎が頻繁に通ったのは本館である。どちらも古い造りのゆったりとした図書館で、本館にはスポーツに関する資料を豊富に揃えていた。そこで野崎は野球にかかわる本を探し出し、次々に借りたり、書店で買ったりした。
その中には、『スパーキー!』(ダン・イーウォルド)、『FAへの死闘』(マービン・ミラー)、『「Yes」と言えなかった大リーガー』(マーティ・キーナート)といったメジャーリーグ物も含まれていた。
圧倒的読書量
熟読したのは、日本野球機構コミッショナーだった下田武三の『プロ野球回想録』や慶大教授・池井優の『野球と日本人』のような球界を俯瞰する類のものだった。『人を動かす人を活かす』(山本七平、星野仙一)、『ビジネスとしてのプロ野球』(塩沢茂)、『仰木彬「人材育成の黄金律」』(太田真一)といった自己啓発本やビジネス本に関心は移り、やがて西宮の図書館にも足を延ばして片っ端から読破して、その数は60冊を超えた。
出向に備えてこれだけ本に没頭したサラリーマンを、私は他に知らない。その世界の知識を得ることがいかに重要か。それは友人を作る行為に近い、と言った人がいる。「国産ロケットの父」と呼ばれる糸川英夫である。こんな言葉を残している。
「人生は友達なしには成り立ちません。本も大の友人です。本の著者というのは日本人とは限らない。海外の人が書いた本を読むことで、その人はあなたのパートナーになります。私の経験から言っても、本から得たことに感激し、その本に書いてあることに自分の考えを加え、新しいものを生み出したことが何度もあります。本も独創を生む力なんです」
