腹をくくる

 生真面目な野崎は内示を受けた夜、妻の艶子に改めて告げた。

「うちには財産もないけどな、追い詰められたときには、命を絶つ前に球団を辞めるからな。タイガースをクビになったら、小さな旅行会社にでも拾ってもらうか。死ぬよりはましだ」

 それを聞いて、彼女は台所で静かに考えた。

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 ――この人は航空本部を放り出されたんやな。嬉しいことやないけど、まあ球団で頑張って、だめだったらいつでも辞めればいいわ。なるようにならな、しかたない。

 一方で彼は、大きな不安を抱えていた。「自分は野球の素人だ」という思いであり、「人付き合いが下手な自分に務まるだろうか」という懸念である。 だが、結論から言えば心配する必要などなかったのである。しぶしぶ出向したタイガースで、3か月後には監督解任をめぐって大騒ぎが起き、その後も仰天するような出来事が次々とやってくる。習うより慣れよ。どの世界でもそうだが、サラリーマンは与えられたところにどっぷりと漬かるしかないのだ。

 彼はあらかじめ辞表を書いておいて、会社に乗り込んだ。

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