鋼鉄製車体は燃えにくいけれども、腐食と重さという欠点がある。腐食が進めば強度は下がる。20年以上にわたって使われる鉄道車両は鋼鉄の腐食を考慮して厚みのある部材を使うが、そうするとさらに重量が増える。電車は車体が重くなるほど加速が鈍り、ブレーキの利きも悪くなる。そこで注目された素材がステンレス鋼だった。

 ステン(錆)がレス(ない)という名前の通り、ステンレス鋼材は硬いうえに腐食に強く、厚みが抑えられる。鋼鉄の車体は腐食防止のため塗装が必要だが、ステンレスは塗装が不要なのでメンテナンスコストも下がる。唯一の欠点は生産コストが高く、量産も難しく、硬すぎて加工が難しいことだった。

東急車輛がバッド社と技術提携して製造したオールステンレス車体の7000系(筆者撮影)

 しかし、1930年代にアメリカのバッド社が鉄道車両向けステンレス構体の開発に成功した。日本でも東急電鉄系の車両メーカー・東急車輛製造(現・総合車両製作所)がバッド社と提携し、ステンレス車両の量産を始めた。そのため、東急電鉄は早期から車両のステンレス車体化を進め、代表路線である東横線や田園都市線に投入した。1970年代に「東急イコール銀色の電車」というイメージが定着したのはそういう経緯だ。

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アルミニウムの猛追、そしてステンレス技術の公開…

 一方、東急車輌製造のライバルである川崎車輌(現・川崎車両)と日本車輌製造は、アルミニウム合金製の車体に取り組んでいった。アルミニウム合金は製造コストが高いが、ステンレスよりも軽量化できるのがメリットだ。

 また、加熱されたアルミ合金を金型に通す「押し出し成形製法」を使えば長い部品を一体で作れるという、鉄道車両に適した素材だ。長い部品が使えれば部品点数が減り、組み立て工程を圧縮できる。

205系電車は最初に山手線に導入され、現在も少数ながら首都圏で活躍している。国鉄末期からJR東日本初期まで1461両も製造された。製造メーカーは東急車輛ほか、日立製作所、日本車輌製造、川崎重工業で、JR東日本大船工場も作っている。一部はインドネシアに譲渡され運用されており、ステンレス車両の「丈夫で長持ち」を立証している。(出典 DAJF CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

 アルミニウム合金は高価とはいえ、スクラップにした時の引き取り価格も高いため、製造から廃車までのトータルコストはステンレスに引けを取らない。台枠など鋼鉄部分との溶接も容易で、東海道新幹線も300系電車以降はアルミ製車体を採用している。

 軽量なアルミ製車体の登場でステンレス車体の覇権は脅かされた。そこで東急車輛は、コンピューターによる3次元構造解析プログラムを導入して強度計算を重ね、ステンレス車体の設計の見直しに着手。そして見事に軽量化に成功し「軽量ステンレス車両」と名づけた。しかし当時の国鉄には「一社独占技術の電車は採用しない」というルールがあり、東急車輛はやむなく軽量ステンレスの技術を公開した。