車の調子が悪くなったのかと思い、「どうしたんだ?」と運転席を覗き込むようにして聞いた。

「すみません、涙があふれてきてよく前が見えなくて」と言ってメガネをはずし、目頭を押さえているのである。

「あの母親の気持ちを思うと……」と言って大きなため息をつき、涙を手でぬぐった。

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自分の子どもと重ねるといたたまれない

やはり、私だけではない。子どもを目の前で亡くした母親の嘆き悲しむ姿を見ると、どんな人間でも思わず涙が出てしまうほど辛い。

特に、同じ歳くらいの子どもがいる親は、自分の子どもと重ねてしまい、さらにいたたまれなくなるのだろう。

しばらく車中には運転手の鼻をすする音が聞こえていた。

やがてエンジンの音が響いた。

また、次の検死現場へ向かったのである。

命がけで炎の中に飛び込む母親

母親は子どもを本能的に守る。何度もこのように感じる事件に遭い、その思いを確信し、私の著作の中でも何度か述べていることである。

特に火災現場で見る、母親の子どもへの愛というのは壮絶なものがあった。

火事で燃えさかる家の中に、母親が取り残された子どもを助けに行く。行ったらあなたも死ぬからと言って消防士が必死で止めているのにもかかわらず、消防士の手を振り切って子どもの名前を叫びながら、家の中に飛び込んでいく。

そうやって助けに行ったが戻ってこれず、子どもと一緒に折り重なった状態の焼死体で見つかることも多かった。何度かそういう検死に遭遇した。

焼死体というのは、その人の原形をとどめていない。当然のことながら、表面は焼けこげている。激しく焼かれて、炭化して真っ黒こげの状態になっていることもある。性別が判断できないほどである。歯の形は残るので、少しは見分けがつくが、ほぼ難しい状態である。そして、焼死体は焼かれているため普通の死体より小さくなってしまう。実物よりも小さく、黒こげなので、さらに身元が分かりづらい。

検死に行った火災現場で、玄関で倒れている母と子どもの焼死体を見た。あと、ほんの数十センチで外に出られるというところで、2人は重なるようにして死んでいた。助けようと飛び込んだ母親が、寝ている子どもを抱いて必死で外に出ようとしたが、あと一歩のところで息絶えて焼死体になってしまった。そんな死体を見て、胸が詰まった。