他人のために線路に飛び降りられるか

2001年、JR新大久保駅でホームから線路に転落した男性と、その男性を助けようとして飛び降りた留学生の韓国人男性と日本人カメラマンの男性が、進入してきた電車にはねられて死亡するという事故があった。助けようとした2人は、電車とホームの間に挟まれ亡くなった。

電車とホームに挟まれた体はどこも切れたりしていないが、擦過傷が挟まれた場所に帯状につく。その場合は内臓破裂か脊髄損傷で即死する。

当時は多くの報道がなされ、目の前で起きた転落事故から見知らぬ人を救おうとして巻き添えになった若い命に哀悼の渦が広がり、2人の男性の勇気は多くの人々の心を揺さぶった。

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韓国人留学生は、大学院進学を目指して日本へ勉強しに来ていたという。普通、異国の地で暮らすとき、文化の違いから言葉の不自由や孤独で心の壁を作りがちだが、彼は異国の地で、見も知らぬ人が線路に落ちたところを救おうと、カメラマンの男性と一緒にためらうことなく飛び降りている。

自分が同じような状況になったとき、飛び降りて救うことができるだろうか? ややもすれば、自分も巻き添えになって死に至るかもしれない。そんなことを考えると、二の足を踏んでしまうのではないか。

悲惨な事件の多い中、新大久保の事故の2人の男性は、命の尊さを知っている人たちだった。自分も死の危険があるのに、子どもを助けようと自ら炎の中に飛び込んでいく母親の愛に通ずるものがある。

自分の命を犠牲にしてまで他人の命を助ける必要はないだろうが、現代の日本人が忘れかけている命の尊さを教えてくれたという点で、多くの人の印象に残っている事故であると思う。

まだあどけない男の子の検死現場へ

今回の検死は小学校低学年くらいのまだあどけない男の子だった。子どもの検死はどの監察医も嫌がる。やはり幼い子どもの死体を見るのはいくら仕事とはいえ辛いからだ。

東京23区内に変死が発生すると、まず警察に届けられる。警察ではその事件の内容を把握した上、我々がいる東京都監察医務院に検死の依頼が来る。監察医と補佐と運転手が日ごとにチームを組み、刑事や立会官などと共に死体のある現場へ急ぐ。そうして検死がはじまる。