死因が検死だけで分からない場合は、遺体を東京都監察医務院に送り、解剖当番の監察医が解剖する。検死と解剖は交代制で行う。
痩せ衰えた体に残された無数の傷
警察から、検死する遺体は「6歳の男子」などという情報が入ると、現場に向かう足取りが重くなるのは事実である。
男の子の死体と対面したとき、まずその男の子があまりにも痩せ衰えていることに驚いた。真一文字に口を結んでいる。その表情を見て、どのように死んでいったかきちんと真相を解明しなければならない、という気持ちになる。
私は検死をはじめるとき、いつも必ず両手を合わせ、遺体に黙とうをしている。まず彼に向かって、気持ちを込めて祈った。
明らかに児童虐待であった。体のあちこちに痣と傷があった。煙草の火を押し付けられたような火傷の跡もいくつもあった。古い傷もいくつかあったから、かなり長い間虐待を受けていたことが分かる。
「お母さん、お母さん、入れてよ」
この男の子は母親が17歳のときの子どもで、生まれたばかりのときは子どもと2人で生活していたが、最近になって母親に年上の恋人ができたらしい。母子はその男と一緒に暮らしはじめた。その頃から母親の様子が変わった。
近所の人が挨拶をしても彼女は目を合わさず、うつむくようにして去っていくことが多くなった。いつも手をつないで出かけ、人当たりのいい母親で、近所でも評判の仲のよい母子であったのに、その男と同棲しはじめるようになってから母子で出かける姿は見られなくなった。
そのかわり、男が声を荒らげて叱る声がしょっちゅう聞こえるようになった。
「ふざけるな」という声や、「ごめんなさい」という子どもの泣き声、「やめて」という声、ドスンという大きな音も近隣の住民が聞いている。ベランダに出され「お母さん、お母さん、入れてよ」と言って、窓ガラスを叩きながら泣いている男の子も目撃されている。
元気な人懐っこい子どもだったが、通っていた小学校でも口数が少なくなり、一人でいることが多くなった。