旅をしながらでも経営ができる
当時は携帯電話が市場に出たばかり。軍用の衛星通信機を彷彿させる重い携帯電話とファックスを搭載して、移動式社長室をつくりました。モンベル・アメリカの社長から電話がかかってきて、阿蘇山を眺めながら、アメリカの市場について意見を交わしたこともあります。当時は、今ほど通信インフラは整っていません。それでも、場所や時間にとらわれない「テレワーク」や「リモートワーク」が可能だったのです。行く先々のアウトドアショップを訪ねたり、即席の講演会を催したりすることもありました。
私の友人のイヴォン・シュイナード(アウトドアウエアメーカー「パタゴニア」の創業者)から、以前、「私も辰野も、MBAだよな(笑)」と言われたことがあります。
MBAといっても、経営学修士(Master of Business Administration)の学位の意味ではありません。イヴォンは、「マネジメント・バイ・アブセンス(Management By Absence)」、つまり「欠席しながらマネジメントをする」「どこにいても経営はできる」という意味に置き換えて、捩ったのでした。私はこのキャンピングカーで、「旅をしながらでも経営ができる」ことを身をもって経験しました。
園長先生が「自由に旅ができない」ほんとうの理由
旅の最後に、バスを譲ってくれた幼稚園に立ち寄りました。「自由に旅ができてうらやましい」と園長先生がうらやむので、私が「やってみたらどうですか?」と勧めると、園長先生は、こうおっしゃいました。
「いや、うちは小さな幼稚園で教員の数も少ないので、休めないんですよ。だからできません」
園長先生が「できない」のは、教員の数が足りないからだけではありません。
本気で、バスの旅を「うらやましい」と思っていたのではなく、旅に出ること以上に、幼稚園で子どもたちが元気に遊ぶ姿を見ていることを選んでいたのだと私は思いました。
園長先生にとって、自分が安心できる居心地のいい場所は幼稚園だったに違いありません。園長先生は、「できない」のではなく、「バス旅に行かない」という選択をしていたのです。「やりたいけど、できない」ではなく、「今は幼稚園にいることを選択して、行きません」と言ってほしいと思いました。
私にも仕事はあるし、家族もいる。
物理的なハードルや、犠牲にしたものもある。それでもキャンピングカーを社長室にして旅をしてみたいという思いが優っただけのことです。
「できない」と考えるか、「やらない」と考えるかでは、人生の幸福感が変わります。
