モンベル創業者にして登山・アウトドアの達人として知られる辰野勇氏。現在もアウトドアスポーツの振興や地域活性化、災害支援活動など、さまざまな活動に取り組む同氏だが、いまから約15年前には大腸がんを宣告されていた。身体を蝕む病にどう向き合ったのか。

 ここでは、同氏の著書『自然に生きる 不要なものは何ひとつ持たない』(角川新書)の一部を抜粋。がんを患ったことによって得た気づきを紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)

 

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自然の中に身を置くと、野性が蘇る

 人間も、自然の一部です。

 美しく、ときには厳しい自然環境に身を置き、その大切さを実感する。すると、自然に生かされていることに気づかされます。

 以前、旭山動物園(北海道)の坂東元園長(当時)から、オランウータンの生態についてうかがったことがありました。

 オランウータンのように知能の発達した動物でも、「心配」という概念を持っていないそうです。人間と違って、「あの木に飛びつくのは危険ではないか。落ちたらケガをするのではないか」と余計な心配をせず、「目の前の状況をどうクリアしていくか」だけを考え、一瞬一瞬を生きているというのです。一方、人間(ホモ・サピエンス)には、「見えていないことを頭の中で想像する」という能力(=想像力)があります。人間と野生動物との違いのひとつが「想像力」だといいます。

©Kbridgeイメージマート

 想像力は人類の進化を促しました。しかし、想像力を持ったからこそ置き去りにしてきたものがあります。それは、「『今』を生きようとする姿勢」です。人間がクヨクヨするのは、想像力があるからです。想像力がネガティブな方向に向かえば、不安に駆られて悲観的になります。「まだ起きてもいないこと」を心配するようになります。

人間が過去を振り返るのはなぜ?

 人間は想像力のほかにも、野生動物が持たない能力を有しています。それは、言語化能力です。京都大学前総長で霊長類学者・人類学者の山極壽一氏と対談する機会をいただきました。山極氏は、ゴリラ研究の第一人者です。

 私が山極氏に、「ゴリラやチンパンジーは、今この瞬間を生きていて、加齢などで能力が損なわれても、それを受け入れていくそうですね」と質問をすると、「ゴリラでも落ち込むことはあります」と教えてくださいました。