顧客の名前は絶対明かさない
一方、加藤の逮捕で、株式市場には阿鼻叫喚の惨状が広がっていた。宮地鉄工所の株価は2950円から173円に、丸善が2100円から300円、西華産業が1530円から215円に急落するなど、目も当てられない有様だった。さらに資本金1億円の大阪証券信用は、誠備グループに約480億円を貸し込んだ末に、負債総額730億円を抱えて倒産。加藤と組んで西華産業株や共和電業株を買い占めた岩澤靖は、グループ企業への融資の形で借り捲った450億円超ものカネが、すべて仕手戦に注ぎ込まれていた実態が明らかになった。中核企業の「札幌トヨペット」は会社更生法の適用を申請し、事実上の倒産に追い込まれ、他のグループ企業も莫大な借金を背負わされた。政治力を駆使して、ようやく手に入れた電電公社の経営委員も辞任し、すべてを失った岩澤は、行方をくらました。
誠備銘柄を取り扱っていた中小証券も軒並み被害を受け、その数は丸国証券や一成証券など30社にのぼっていた。そして誠備グループの会員もまた、大半が投下資金を失い、損害を被った。
「政治家であろうと誰であろうと、株の売買は自由。なぜ問題視されるのか分からない」
80年秋、誠備グループが宮地鉄工所側に臨時株主総会の開催を要求した際に3万株の株主として株主名簿に名前があった玉置和郎は、そう言い放って注目を集めたが、加藤の逮捕で、誠備グループと政界との繫がりを巡る報道も再び過熱し始めた。妻名義で株主になっていた稲村利幸、実弟が株主だった小泉純一郎に止まらず、誠備グループに関わっていた政治家は自民党から野党に至るまで60人以上いるとみられていた。だが、加藤の脱税事件の公判は、実態解明には程遠い展開を見せた。
検察は黒川木徳証券などに開設された仮名の32の株式取引口座に着目。これが実際には加藤自身が株を売買する“手張り口座”であり、その所得は加藤に帰属すると主張していた。一方の弁護側は、この32口座は誠備の秘密会員である政治家や高級官僚などの仮名口座であり、加藤は株の運用を一任されていたに過ぎないと真っ向から反論した。焦点はその口座の真の顧客が誰であるかに絞られていた。
だが、肝心の加藤が顧客の名前を頑なに明かそうとせず、公判でも「そのために自分の無実が立証できず、有罪になっても仕方がない」などと陳述し、代理人弁護士との関係にも微妙な空気が漂い始めていた。橋渡し役を務めていた對馬が、当時の状況をこう述懐した。
「加藤さんが、接見担当で連絡役だったヤメ検弁護士のことを『彼は俺の話のポイントが理解できていない。数字を覚えないし、記憶力が悪い』と言うので、その旨を元検事総長の竹内さんにも伝えました。竹内さんは、『勝てるんだから安心しなさい。勝負はついているんだ。加藤君も拘禁病にかかっているな』と余裕の構えでしたが、結局は弁護団を解任することになった」
