藤井は過去にもタイトル戦ですごい詰みを披露しているが、これほどのものは初めてだ。2023年の永瀬との第71期王座戦第2局では中段玉を詰ましたが、手数は17手だった。2023年の伊藤匠叡王との第36期竜王戦第4局では30手越えの詰み手順だったが、玉は自陣からは出なかった(それはそれですごいが)。

 しかし今回はまったく違う。先手玉が広すぎて、左端から右端まで玉が逃げる変化もあり、盤面全体を見なければならない。「金はトドメに残せ」の逆をいき、金を2枚とも先に使って銀を残す。合い駒選択も2回ある。「5三には金か銀を打つもの」という先入観が働くため、最終手の△5三角は見えにくい。分岐が複雑なうえに盲点だらけ、しかも長手数、なにもかもが異次元だ。

 

「良いものを見た」どころではない

「名人戦で詰将棋解答選手権をしている」という声もあったが、それとはまったく違う。

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 詰将棋なら詰むことが分かっているが、実戦では詰みが保証されているわけではない。そして、間違っても書き直せない。戻せない。

 何度も大長考をして、脳にも体にも疲労が溜まっているはず。なのに、なんでこんな手順が読めるんだろう、指せるんだろう。

 素晴らしい妙手順がでたとき、棋士は「良いものを見た」と言う。だが控室では誰もその言葉を発しなかった。皆の表情が「恐ろしいものを見た」と語っていた。

控室で検討する棋士たち

 島が「2日目の夜にこの読みは尋常じゃないですよね」と言い、佐々木は「藤井さん強すぎる」とうめいた。近藤も対局室に向かう途中で、「鮮やかな勝ち方でしたねえ」と感に堪えたようにつぶやいた。

 一方そのころ高見はというと、最後までAIの評価値も候補手も見ずに、藤井の読み筋を当て、△5三角も発見し、解説会を乗り切っていた。それを知った佐々木は「高見よく詰みを発見したなあ。人間、追い込まれると、手が見えるんですね」と妙なほめ方をしていた。後で高見に佐々木の言葉を伝えると、「勇気らしいなあ」と笑った。