「絶対に舐められるな」「襲われたらナイフで切りつけろ」
晴子は竜司が暴力団に属しているのを知っていたが、離婚が3歳の時だったため、どういう人かまではわからなかった。晴子は仕方なく友理とともに竜司の家に引っ越すことにした。
横浜の竜司の家は、大きな一軒屋だった。当時、竜司は山口組の3次団体の組長になっており、地元ではそれなりに名の知れた立場になっていた。家には部屋住みの若い子分が3、4人同居して、掃除、雑用、それにボディガードを務めていた。
竜司は晴子に言った。
「東京の学校じゃ、いじめられて不登校になっていたんだってな。でも、こっちに来たからには、絶対に人に舐められるなよ。俺の娘がいじめられているなんてことが知られたら、組の面子にもかかわるからな」
襲われたら相手の手を狙って切れ、と言われて携帯用ナイフを渡された。理由を訊くと、「殺さずに済む上に、血を見ることで相手は一発で戦意喪失するから」と説明され、晴子は父の生き方を知って身震いした。
横浜の中学に転校したばかりの頃、晴子は携帯用ナイフを机の奥に封印し、心を入れ替えて勉強や部活動をがんばろうと考えた。誰も東京にいた頃の自分を知らないので、すべてを一からやり直せるはずだと期待していた。転校してすぐソフトボール部にも入部した。
だが、同級生たちは、見ず知らずの転校生にやさしくなかった。おそらく晴子の方にもこれまでの荒んだ生活の影響から言動に何かしら影のようなものがあったのだろう。同級生たちは晴子を友達の輪には入れず、陰口を叩いたり、いやがらせをしたりした。晴子は「またか」という気持ちになり、だんだんと学校から足が遠のいていった。
時を前後して、家庭でも異変が起こっていた。
