行政の対応が事件を生み出す要因になりかねない

──前回、精神科病院は入院治療から訪問看護などアウトリーチに舵を切りつつあるとお聞きしましたが、コロナ禍でそれが進んだのですね。

 ただ、押川さんは、法規制もなく進めるだけでは絵に描いた餅に終わるか、かえってトラブルの元になると警鐘を鳴らしておられましたが、現実はどうでしたか?

押川 まさに懸念していた通り、2024年の12月に北九州市のファストフード店で中学3年生の男女2人が刺されて死傷する事件が起こってしまいました。

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 事件の起きた北九州市小倉南区は私の地元ですが、北九州市は全国の政令指定都市の中で、もっとも精神疾患を有する患者の地域移行施策が進んでいます。もはや対応困難な患者の入院治療は、一切受け付けてもらえないのが現実です。その結果が事件を招いたといえます。

仁志の主治医も「退院しかない」と…… 『「子供を殺してください」という親たち』17巻より

 逮捕された平原(ひらばる)政徳容疑者は、事件前の奇行や奇声などからも何らかの支援を必要としている人物でした。昔だったら、精神疾患やその疑いのある患者を抱えた家族は精神科医療につなげるという努力規定が法律に盛り込まれていましたが、いまはそれも地域住民に委ねられています。

 精神保健福祉法第22条には、「精神障害者又はその疑いのある者を知った者は、誰でも、その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる」という項目もありますが、申請した先の対応は自治体によってまちまち。調べてみると、北九州市では過去10年間に2回しかこの申請が受理されていないことがわかりました。

 こうした行政の対応も、今回の事件を生み出す要因となったはずです。今後は日本各地で同様の事件が増えてくるのではないかと危惧しています。

©細田忠/文藝春秋

──押川さんは、地域住民を本気で「心のサポーター」として養成したいのであれば、並行して制度や法律が不可欠だとおっしゃっていました。そのために大学で法律も学び直されたのですよね。

押川 はい。ただ、制度があるだけでは不十分です。厚生労働省が「こういう制度がある」という通達をしていても、北九州市のようにそれが実際に運用されなければ意味がありません。ですから、大学では、精神科医療にかかわる法律より、むしろ実際の制度を誰がどう運用するのかというところに主軸を置いて勉強していました。

 今回のケースでも、事件前に近隣からの通報で警察が2回も現場に駆けつけているのに、措置入院や保健所の支援にまでつなげることができませんでした。「制度があってもダメだ」ということが十分わかったのではないでしょうか。