児童養護施設を舞台に、虐待や育児放棄(ネグレクト)など子供たちを取り巻く過酷な現実を描いたコミック『それでも、親を愛する子供たち』の原作者であり、「精神障害者移送サービス」を行う(株)トキワ精神保健事務所の所長でもある押川剛さん。
綿密な取材を元にした問題作に、なぜ挑戦しようと思ったのか。児童福祉施設を運営する社会福祉法人の理事長にも就任した押川さんに、子供たちと児童福祉の「リアル」を聞いた。(全3回の2回目/続きを読む)
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児童福祉現場に注目していた理由
──『「子供を殺してください」という親たち』の連載と並行して『それでも、親を愛する子供たち』を始めることになったのはなぜですか?
押川剛さん(以下、押川) 私たちはこれまで、病識(自分が病気であるという認識)のない精神疾患患者を説得して医療につなげてきました。しかし、なかには、「もし子供時代に介入できていたら、大人になって精神疾患を発症することはなかったかもしれない」というケースが少なからずありました。
漫画では「エリート教育カルト」の父親に翻弄される大学生のケースを紹介したことがありますが、これは明らかに幼少期からの環境が心身に悪影響を与えた教育虐待です。親から「最低でも早稲田・慶応」と一方的な価値観を押しつけられ、それ以外は許されない人生を送ってきた25歳の青年が、精神疾患を発症。他人とコミュニケーションをとることはおろか、自身を清潔に保つなど身の回りのことすらできない状況になっても、大学の授業だけは出席する不健全な姿を、個人情報の取扱に配慮しながらリアルに提示しました。
──教育虐待によって精神疾患を発症するケースは、映画『どうすればよかったか?』でも描かれ、大きな話題となりました。
押川 「虐待」というと、暴力や育児放棄などを思い浮かべる方が多いと思いますが、親の一方的な価値観の押しつけも立派な虐待です。裕福な家庭でも貧困家庭でも、例えば「金」や「高学歴」のようにたった一つの価値観で育てられると「自分ならできる」という心が育たず、自己効力感の低い、マインドの弱い人間になってしまう。その結果、心のバランスを崩しやすくなってしまうのです。
個人的な見解ですが、私は「小学生から英語を話せなきゃダメだ」「テストでいつも上位の成績をとれ」という親のエゴだけで育ってきた子供に、柔軟な社会性が育つとは思えません。将来の精神疾患患者予備軍を育てないためにも、早期に子供本人に介入できる児童福祉現場には、以前から注目していたのです。そんな時にたまたま、作中に登場する「サニーベル学園」の園長、徳川一のモデルにもなった児童養護施設の三代目と出会い、『それでも、親を愛する子供たち』の構想が生まれました。
精神保健福祉と児童福祉の決定的な違い
──1巻のあとがきで「児童養護施設というのは、身寄りのない子供や虐待された子供が入所する施設だと思っている人が多い」と書かれているように、児童養護施設の実態については、よく知らない人も多そうですね。
押川 そうですね。時には、児童相談所(児相)と児童養護施設の違いがわからない、という話もよく聞きます。
児童相談所は自治体と連携を図りつつ、子供や家庭に適切な援助を行い、子供の「最善」を図ることを目的とした行政機関のことです。
一方、児童養護施設は、保護者のない児童や保護者による養育が適切ではない児童に対し、安定した生活環境を整え、心身の健やかな成長と自立を支援する施設です。近年は何らかの障害を持つ子供の占める割合が大幅に増えていて、私が長らく携わってきた精神保健福祉分野と深い親和性があると考えていたのですが、実は精神保健福祉分野と児童福祉分野には、決定的な違いがありました。

