船から降りると、宮崎さんは出迎えの婦人会の人たちから、「長い間おつかれさま」と次々に声をかけられた。宮崎さんは、(日本語は美しいなあ)と感じたという。

結局、ソ連によって強制連行された抑留者の総数は約57万5000人に及ぶとされる。1993(平成5)年、ロシアのボリス・エリツィン大統領はシベリア抑留について、「非人間的な行為」と述べて謝罪の意を表した。しかし、ロシア側は今も充分な史料の公開には及んでいない。

これだけは書かないでください…

以下は一つの告白録である。実は私は宮崎さんへの取材時、一つの秘話を聞いていた。しかし、その話は宮崎さんからの、「これだけは書かないでください。私が亡くなったら好きにしてくれていいですから」という懇願があったため、以前に書いた原稿ではこの部分を曖昧な表現に留めておいた。宮崎さんはその後に逝去された。よって、ここにその逸話を記録したい。

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その日、私は宮崎さんのご自宅近くの喫茶店でお話をうかがっていた。そして、取材が終盤に差し迫った頃、宮崎さんが俯きながら次のような話を語ってくれたのである。

「実はですね、本当にひどい話なのですが、皆、極限まで腹が減っていますからね。それで、亡くなったばかりの戦友の遺体をですね、まあ、その、ね」

私の脳裏に哀しき場面の想像が浮かんだ。察しは充分についた。しかし私は職業上、さらなる言葉を引き出さなければならなかった。

「どういうことでしょうか?」

私の残酷な問いかけに、宮崎さんが言葉を継いだ。

秘密の告白

「そう、ですからね、こういうことですよ。つまり、食べるわけなんですよ。そう、食べるんです。友の肉を。わかりますか?」

しばし、沈黙の時間が流れた。私はゆっくりと頷いた。私は宮崎さんの口から発せられた言葉の重みに押しつぶされそうになりながらも、さらに必要となる非情な確認を加えた。

「それは宮崎さんも口にされたという理解でよろしいでしょうか」