1966年(84分)/東映/3080円(税込)

 三國連太郎の十三回忌がこの四月に開催され、出席させていただいた。関係者によるスピーチがあったのだが、中でも印象的だったのは『狼と豚と人間』での共演時の話をした石橋蓮司。三國と深作欣二監督とのディスカッションが長引き、夜間の撮影が明け方になり、最終的にはその日の撮影は中止になったという。

 三國は相手が誰であろうと自分が思う演技を押し通そうとする一方、深作は俳優が自身の納得する演技をするまでは絶対に譲らない。そんな組み合わせならではの事態だ。

 今回取り上げる『脅迫(おどし)』でも、同様のことが起きた。

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 本作で三國が演じるのは大会社の営業部長。仲人した部下の結婚式に始まり、子どもと楽しげに風呂に入る――と、平和な場面が冒頭から続く。

 だが深作欣二が撮るとなると、こうした幸福は破壊される対象でしかない。団らんの空間に西村晃と室田日出男が突如として乗り込んでくるのだ。瞬時にして空気が変わる。頭にシャンプーの泡をべったりつけたまま全裸でたたずむ三國の呆けた表情と、二人の不敵な表情のギャップからは、これから始まる地獄の予感が不穏にただよい、緊張が走る。

 彼らは脱獄犯で、赤ん坊を誘拐。身代金を受け取る役割を主人公に押し付けるべく、その家族を人質にとる。

 まず絶品なのは、厭らしいまでに悪知恵が働く犯人を演じる西村だ。蛇のような冷血な眼差しで、絶えずニヒルな笑みを浮かべながら三國につきまとう様は、まさに死神。一方の三國は、良心と妻子への想い、そして自らの保身の狭間で揺れ動く、複雑な心情を繊細に演じきる。深作は両者の表情を暗闇の中に余すことなく切り取り、誘拐劇のスリリングさだけではなくヒリヒリした心理劇も迫力十分だ。

 終盤で物語は急転直下。一度は保身のために電車で逃げようとした主人公だったが、駅や車内でさまざまな親子の情愛に触れたことで、家族を守るために覚醒する。そして、誘拐犯たちに心理戦を仕掛け、壊滅に追い込んでいく。

 三國と深作が止まらなくなったのは、まさにこの駅の場面だった。三國が電車に乗る場面は、国鉄のダイヤに合わせて撮ることになっていた。そのため――起点の上野駅だから多少の余裕があるとはいえ――電車は定刻に出発する。そうなると、もう撮影できない。ところが二人はお構いなし。話し込みが長引き、電車は出ていってしまった。撮影は後日のやり直しに。

 重要な場面なのでこだわるのもわかるが、制作陣からすると、たまらない。ましてや東映は予算とスケジュールに厳しい。結局、本作が二人が組んだ最後の作品となった。